書籍を通じてパレスチナ問題を理解する意味

猫塚芳夫・清末愛砂(2023)『平和に生きる権利は国境を超える パレスチナとアフガニスタンに関わって』あけび書房、読了。

10/7にハマースによるイスラエルへの急襲、そしてそれに報復する形で行われているイスラエル軍によるガザ地区へのジェノサイドと呼ばざるえない攻撃が連日のように報道される。

連日の報道で伝えられるガザ地区の窮状に私たちの多くはこの救いようのない現実に言葉を失する。しかし報道の多くは、それが紙面スペースと放映の時間の関係で伝えられる情報が制限される。それはメディアというものの特性であり、限られた紙面スペース・放映時間だからこそ、真実を端的に伝える責任が報道機関各社にはある。そして、その結果吟味されて伝えられた報道には信頼性が付与される。

もちろん現在ではインターネットにも多くの発言がなされ、各SNSでもガザ地区現地から、人々による多くの投稿が見られる。いうまでもなく、今回のイスラエルによるガザ地区への攻撃以前にミャンマー国内の内戦、ロシアによるウクライナ侵攻への抵抗、などにおいて多くSNSは使われてきた。それらの現地の報告にはやはり私たちは心を痛めるし、それらの報告はこれらの問題について日本に住む私たちも共犯者であることを思い起こさせるに十分な内容を有している。

それと同時に、フェイクや親イスラエル(及びイスラエル支持を公的に表明した国々のナショナリスト)による、それぞれの攻撃を正当化する発言も多くSNSには流れる。これまでのガザ地区が辿った歴史についてしかるべき知識があれば、このような流言を真実と受け止めることはない・・・はずなのだが、残念ながら私たちの暮らす世界では、ネットリテラシー以前に歴史教育や人権に関する視点を育む機会が十分に提供されない事態が生じている。日本のみならず、歴史を真正面から捉えることなく、都合のよいように解釈し、自己の主張のために現実から目をそらす人々は多い。さらに困ったことに、そうした歪んだ主張(フェイク)も、ネット上では真実と見分けがつかない形で流れており、私たち自身が一つ一つの情報の真実性を判断することは難しい時代になってもいる。

このような情報過多の時代において、改めて今回のイスラエル軍によるガザ地区への攻撃を考える時に、冷静な視点でかつガザ地区の人々の視点から描き、またこれまでのイスラエルによるガザ地区への封鎖がどのような状況を生み出しているかを記した報告は貴重だ。特に本著は、長年にわたってガザ地区と関わってきた筆者らによる現地体験を基にして記しており、いずれも一次ソースからの信頼ができる情報が記されている。その体験は、文章の行間に見られる著者らが体験した壮絶な経験に立脚しており、こうした記録を改めて言語化することは著者らにとってどれだけ大きな痛みを伴うものであったかと思う。

ガザ地区の人々がハマースを全面的に支持しているなどという事実はなく、今回のイスラエル軍による攻撃がこれまでのガザ地区封鎖の深い影響によるのだと、私たちはメディアのニュースで知っている。だが、医療現場や難民キャンプの支援に関わった著者らの記述は、それがさらに人々の視線で、またその人々と直接言葉を交わした著者らの経験で捉え直され示される。本書中の猫塚による「北海道パレスチナ医療奉仕団の活動を支える日本国憲法」と清末による「憲法学者がなぜ国際支援活動にかかわるのか」は特に素晴らしい。

「なぜ地方都市の北海道から、国際NGO活動を立ち上げるのか」に言及した猫塚の主張は、一般市民はもとより特に国際関係を学ぶ学生にぜひ読んでもらいたい内容だ。私たち一人一人は、パレスチナ問題と無関係ではない。日本の各地にあるアイヌの問題や様々な問題の延長上にパレスチナ問題は存在しており、また私たち一人一人が解決に向かうように働きかけることができる希望の文章となっている。

また清末の文章で語られる「人間であることの恥」についての言及は、(自嘲して書くが)私のような研究者や知識人こそ読むべき文章であろう。現地に丹念に足を運び、フィールドの中から得た体験を切実に自らの学問と結び付け、問い直すという清末の試みは、(少なくともわたくし「吉井自身」にとっては)研究者として自戒の念を思い起こさせ読んでいて苦しくなる。フィールドと向かい合うことはこうも真摯であり、理論と向かい合うことはどのような感情を基にしなくてはならないかを考えさせられる。

ぜひ詳細は本書を手に取って確認してもらいたい。

インターネットの普及した現代において、インターネット経由で手に入れられる情報の即時性は重要である。だが、長期間にわたり、ガザ地区で出会った人々との間で得た経験から、著者らがゆっくりと言語化した文章をゆっくりとかみしめることが今は必要である。いや、これはなにも今回の問題だけではなく、社会問題全般に言えることなのだが。

著者のお二人と、このタイミングで出版を決断した出版社に敬意を表したい。(了)

追記 11/14 10:35
今、書評を書ける媒体がないのですが、多くの方にこの書籍をとってもらいたいと思ったの同時に、自分の感情をまとめないと先に進めないな、と思い書評を書きました。
だれからも依頼をされていない書評なのですが、急いで感想をシェアしたくなる書籍が時折あります。そんな書籍の一冊が本書です。
ご高覧ください。