日本における吹奏楽の役割

すいそう‐がく【吹奏楽】管楽器と打楽器との編成で演奏される音楽。管楽。『広辞苑(こうじえん)第六版』

吹奏楽とは、上記定義のとおり、管楽器と打楽器との編成で演奏される音楽のことを指します(例外的にコントラバス、ハープといった弦楽器も使われることもあり、また曲によっては様々な弦楽器が使用されることもあります)。日本では吹奏楽とブラスバンドの区別は明確にはなされておらず、両者とも同じ演奏形態の団体を指すことが多いのですが、特にイギリスではその名の通り、Brass(金属)のサクソルン系の金管楽器(サクソフォーン、フルートとホルンを除く)と打楽器によるバンド(こうした形式のバンドを特にブリティッシュブラス(英国式ブラスバンド)と呼ぶ場合があります)が人気が高く、日本でもだんだんこの英国式ブラスバンドを演奏する団体が増えてきました。日本での吹奏楽の歴史は明治時代にさかのぼります。

今日の吹奏楽ブームのきっかけとなった要因の一つは日本テレビが2006年に放送した「1億人の大質問!?笑ってコラえて!日本列島吹奏楽の旅」という番組です。このバラエティー番組では、"日本列島部活動の旅の”企画の一つとして、各地の高校吹奏楽部が、吹奏楽の甲子園と当時言われた普門館(現在は使用されていません)出場を目指して奮励努力する様子が放映されました。全国大会を目指す各地の高校の先生方はさすがに指導力があるのはもちろんですが、人間的にも魅力のある先生が多くこの放送を機会に全国区となった吹奏楽指導者も多く登場しました。また、ユニークながらも厳しい練習を通してレギュラーを目指して奮闘する学生たちの涙や、県大会・ブロック大会と進む中での涙に吹奏楽経験者だけでなく多くの国民の涙を誘いました。この番組は2004年11月3日の放送で、権威ある第42回ギャラクシー大賞を受賞します。

また、このブームに前後しますが柏木ハルコ(1999)『ブラブラバンバン』と同作品の映画化(2008)といった吹奏楽を題材にした青春ストーリーも登場してきます。中でも特筆すべきは、2015年の京都アニメーション作成による「響け!ユーフォニアム」という高校吹奏楽部を題材とした作品でしょうか。この前後にはここであえてユーフォニアムという、日本では吹奏楽以外ではほとんどお目にかかることのない吹奏楽楽器を主人公が演奏するところも吹奏楽関係者にはまた魅力でしょう。

学校教育における吹奏楽

2015年現在、高専を問わず小中高大学のほとんどの学校に吹奏楽部(若しくはブラスバンド部)が設置されています。各校における吹奏楽部の活動の中心は、1 全日本吹奏楽連盟(All Japan Band Association:以下AJBA)に加盟しAJBAコンクールに出場すること、2 それぞれの吹奏楽部が個別に開催する定期演奏会の開催、の2つとなっています。中でも夏休みに開催されるAJBAコンクールは、世界最大のアマチュア音楽コンクールと言われ、中でも中学・高校の全国大会は、文化系の甲子園と呼ばれるほど熾烈(しれつ)かつ厳しい競争を繰り広げています。
多くの学校でAJBAコンクールへの出場が甲子園出場と同様、それ以上のPR効果があると認識されたことから、私立高校を中心に各校のPR効果を狙って吹奏楽部の指導が過熱の一途(いっと)をたどり、優秀な指導者の招聘(しょうへい)が盛んに行われています。また甲子園出場を目指す高校が優秀な中学生を確保するように、各校とも指導者の獲得、楽器の整備、小学校・中学校からの推薦入学による部員の確保など多くのコストを裂くようになりました。
芸術の一分野である音楽が賞取りレースを目的にすることは決して喜ばしい事態ではないとも考えますが、それでも学生の演奏技術の習熟度を示す一つの指標としては有用であり、学生はコンクールに出ることで自らの演奏技術のレベルアップを目指すという効果があるのは事実です。また学校関係者が中心となる定期演奏会とは異なった客層に自分たちの演奏する音楽を聴いてもらうことにも学生は価値を見いだしているというのも事実です。
ともあれ、日本での吹奏楽の興隆は、学校吹奏楽を抜きにして語ることはできません。

 

日本の吹奏楽

ところがその一方で、学校を卒業した吹奏楽部員は、卒業と同時に楽器を手放すという現象が広く見られます。実は日本人はおそらく世界で最も楽器を演奏することができ、楽譜を読むというリテラシーがある国民です。前述した学校の吹奏楽部員のうちの多くが個人用の楽器を購入したものの、中学・高校卒業後にその楽器が自宅の奥深くに放置されているという状態なのです。
また吹奏楽部員のほとんどは中学・高校を卒業した後にプロの演奏家を目指すわけではありません。日本には2015年現在で41校の音楽学部や音楽学科を擁する大学・短大があり、また教育系学部のうちに音楽コースを有する大学は更に多くあります。これらの卒業生のうちからプロの演奏家として食べていけるのはごく僅かにすぎません。学校の音楽の先生になれるのもほんのわずかという状況です。吹奏楽コンクール全国大会常連校のほとんどが普通科高校の学生でないことも重要で、全国大会を目指した中高生の練習手段とその技術は、音楽家としての素養と必ずしも一致しません。

「吹奏楽はリタイヤしました」という声は、その実日本では「吹奏楽=学校」という図式を表したものでした。

もちろん、学校を卒業した後も吹奏楽を続ける市民の方々はいました。各地には市民による多くの吹奏楽団が結成され、多くの演奏会が開催されています。特に、チューバ奏者の杉山淳先生が中心になってはじめた「自由演奏会」は元ブラバン部員達に部屋の隅にある楽器を再び手にとって集まるきっかけをつくりました。仕事が忙しい,子育てで忙しい、という人たちが、「学生時代の思い出」にすぎなかった吹奏楽を、再び「一生の生きがい」として行うようになったのです。
またこうした現象を支えたのが、各地にあるバブル期に作られたホールです。バブル期に作られたホールは、ハードとして存在していてもソフトとしてそれを使用する団体が少なかったのが現状でした。また少子化の影響で学校での吹奏楽部が縮小傾向にある中定期演奏会も学校教室などで小規模に行われるようになり、使い手が減少する中で市民団体が積極的に利用するようになったのも一つの理由です。それはドイツのポザウネンコアのような教会単位で活動する吹奏楽の在り方とはまた違った形で発展していったといえるでしょう。

現在の研究進展具合

さてこうした吹奏楽ですが、実はこれほど多くの国民の関心を浴びながら、未だに社会学系の研究でまとまったものはでていません。今後どのような形になるかわかりませんが、「吹奏楽と日本社会」をめぐって以下の項目からの考察を進めています。
・海外邦人と吹奏楽団
・吹奏楽と町おこし
・「自由演奏会」が提示したもの
・大学吹奏楽の興隆と音楽大学
・宗教団体と吹奏楽
・甲子園と吹奏楽
・吹奏楽と職業音楽家
・楽器産業と吹奏楽
・「吹奏楽産業」の存在
こちらの研究は2015年から本格的に手を付け始めました。今後どのように展開するかわかりませんが、自分の趣味でもありのんびり気長にやっていきたいと思っています。

関連する論文

  1. 吉井千周、下田克久、小原聡司、中村裕文、岩熊美奈子(2011)「吹奏楽部を核とした地域貢献・学校活性化活動」『都城工業高等専門学校研究報告』都城工業高等専門学校第45号,pp.59-68

関連する学会報告

  1. 吉井千周、岩渕大輔(2016)「共同体としての吹奏楽団 ―海外における邦人吹奏楽団活動を事例として−」日本音楽学会第67会全国大会、中部大学