おかげさまで今年も無事に一年を過ごすことができました。
どうぞ皆様もよいお年をお迎え下さい。
おかげさまで今年も無事に一年を過ごすことができました。
どうぞ皆様もよいお年をお迎え下さい。
この数日、急に冷え込んできて右腕の神経がとても痛い。この季節はいつものことなのだが、僕の冬支度は、ジムでゆっくり体を動かして、右手を中心に血の巡りがよくなるように調整する。これを数日集中的におこなうと、だいぶ右手の痛みが安らぐ。
考えてみれば、このように障碍を持ってから10年の月日が過ぎた。この右手で冬をすごすのも10回目で、初年度の冬と異なり「それなり」にこなせるようになっている自分に気付く。そして、この腕の痛みは、忙しい日々の中で、忘れてしまった様々なことを思い出す、とても重要なきっかけとなっている。
こう思えるようになったことが10年の月日のもたらしてくれた恵みなのだろう。
特に良いことがあったわけでもないのだが、こういう痛みに感謝しなくては。
先日まで独立行政法人科学技術振興機構が運営していたReaDがリニューアルし、ReaD and Researchmapとして11/1から再運営されていた。
これまで研究者のHPは、各大学や研究機関が「スタッフリスト」的な意味合いで作ることが多く、それは毎回毎回事務担当者の手を煩わせないと自分のデータの改変もできない(たとえば誤字脱字の訂正だけでなく、論文や獲得資金状況のアップデートなど)ところがほとんどであった。酷いところなどすでに退職した教員の情報などが未だにアップされており、大学の力の情報公開のいれ具合がこれまた「すごくわかる」コーナーとなっていた。都城高専の場合も例に漏れず、自分の情報の改変のためには、まず事務方に変更理由を伝え、それからファイルを作成し、アップロードを依頼するという形になっていた。
そんなわけで、少しでも自分が使いやすいように(たとえば特殊な言語が使いたいとか、画像をばしばし使いたいとか)、少しコンピュータが使える先生型は、各個人がそれぞれで外部にWeb頁を作成し、僕自身も自分のHPをこうして運営するようになった。こうした「学内研究者のHPリンク集」となった状況は、それはそれで個別的にはいろいろいじれておもしろいものの、横断的なデータ(たとえば、○○学会に所属している方のリストや同じ研究テーマを扱っている他の研究者といった)を扱うにはフォーマットが自由すぎて検索が十分にできなかった。
こうした状況を改善するため、例えば研究者版Facebookのようなものを作る必要性が高くなり、ReaDという日本国内の研究者のデータを横断的に扱えるシステムが運営されていた。だが、機能の面でイマイチということもあって、なかなか普及しなかったようである。
そこで、今回ReaD and Researchmapが満を持して登場することになるのだが、これがかなりイケテル。
使った感想としては
・各関連情報への移動がシンプルで、研究者以外にも使いやすいインターフェース
・記事のRSS配信が可能(例えば、Reserchmapでの記述がFacebook等に転送できる。ただしこの逆は不可。)
といったところが評価すべき点かと。
細かいところでは不満もあるが、今後各大学・研究期間は、自分のキャンパスのHP内に研究者情報を載せるのではなく、各研究者のResearchnetにリンクを貼るというスタイルに変わっていくのではないだろうか。
そんなわけで、わたくしのReaD and Researchmapのページは吉井千周となりました。
研究室に新しいMacBookAirの導入。先の13inchのMacBookAirは、どうもシンガポールでクラッシュしてから調子が悪く、何度インストールしてもLaTeX関係がうまく処理できなくなってしまった。
しかも旧13inchのMBAは、Lionへのアップデートをソフトの関係から強行するはめに。2GBの容量ではためらわれたものの、どうしてもLionでないとまずい事情(LaTeXの64bit版とか)があり、Lionにアップデート。だが、この13inchがシンガポールでとんでもなく発熱量があがり、何度となく熱暴走。普段の使い方では問題ないのだろうが、LaTeXで10万文字相当の文章を編集−コンパイルするといった作業にはやはり無理であることが判明。一刻も早く代替機を手に入れなくてはならないことに。
そんなわけで急遽11inchモデルのMBAを購入。
結論からいうと、やはり僕にはこれくらいの小さなコンピュータの方が肌に合っている。Thinkpad 235や、PowerBook2400といった小さいサイズのコンピュータのほうがしっくりくる。何よりもあまり動かなくなった右手のためには、少しでも軽いほうがちょうど良いわけで。
そんなわけで、LaTeXやら、辞書やら英辞郎やらのいつものソフト類をインストールし、セッティングを整える。ついでにこれを機会に自宅の無線LANにも「n」を導入。ほっと一息、というところであった。
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さて、そうしたインストールの作業中、カダフィ大佐の死去のニュースがTwitter上で流れてきた。兵士によるYoutubeへの動画がアップされているようで、非常に複雑な思いがする。
今まで虐げられた人々は祝賀ムードだそうで、肉親を圧政の元で失った人々にとっては、カダフィの死は祝うべきものであったろうし、カダフィはそれだけ酷いことをしてきたのだろうな、とも思う。リビアの人々の気持ちを考えれば確かに祝うべきことなのであろうが、なんとなくためらいを感じるのは僕がのんびりとMacBook Airをインストールしたとかなんだかんだと日本で平和に暮らしているからなのだろう。
ただ、なんとなくなのだけれど我々は旧来型の「独裁者」が(某国を除き)これでほとんどいなくなってしまい、その心理状態もまるで解明されないまま時代が一つ終わろうとしているような気がする。
最近ハンナ・アーレントを読み返したりしているのだが、アイヒマン裁判の分析のような独裁者の周辺の人々についてその心理分析は行われているが、「独裁者」(加えてテロリストのリーダー)の心理分析が十分に行われないまま、ヒトラーにしろフセインにしろオサマ・ビン・ラディンにしろ死を迎えているのは我々の社会全体にとってあまり良いことではないような気がする。どうして彼らのような存在が生まれたのか。革命の英雄であった彼が、どのようにして熱狂的な支持をえて、独裁者へと変わっていったのか。同じような人間を生み出さないためにも、よく精査すべき一つのケースであったと思う。
そして、いうまでもなく、カダフィが独裁者であるのと同様に、前ブッシュ米国大統領もまた独裁者であった。ただ目に見えるわかりやすい独裁者から、一見無害そうな独裁者へとその内実に若干の違いはあるが、今後こうした「見えにくい独裁者(例えばアメリカにおける1%の富裕層とか)」との間で民主化を勝ち取ることのほうがより困難であるような気がする。
キリスト者として、他人の死を喜べない。ただ、リビアの内紛がこれで一段落付いたことは、そしてこれ以上血が流されることのなくなったであろうこと(希望的観測ですが)をリビアの人々と祝いたい。
現在住んでいる都城で、若いビジネスパーソンを中心とした勉強会を開催している。主催は僕ではないのだが、気がつくとあれよあれよという間に、実行部隊に引き込まれており、そしてさらに気がつくとこのイベントの導入部分を任されるようになっている。
「まなび長屋」となづけられたこのイベントは、まずは「まなび」の語源である「まねぶ(真似る)」ことを、落語の世界の「長屋」のような隣人間で行おうとする試みで、今日もそうした「隣人から吸収したい」という人々で会場は埋め尽くされた。
もう一つ、このイベントの特色は、たとえばJCや商工会議所といった団体とはまったく無縁に開催しているところにある。各会社のオエライさんを含む方々はいろんな方々とお会いする機会はあるけれども、今まさしく働き盛りの30-40の人々は、勉強する機会がない。もちろん、「勉強」なんて個人的な行為なのではあるのだけれど、皆でわいわいとすることから生まれる空間があるということも僕らは十分に知っている。
今回の講師はモレスキナー(モレスキンというエクセレントな手帳のユーザー)として著名なKさん。都城では希有な情報発信を意識的にしている社会人大学院生。彼との出会いは早朝4時ごろのマックで、互いに朝勉強の時だったというつながりで、非常に学ぶことの多い友人の一人で、そんな彼が話す内容がつまらないわけはなく、失敗談から始まるその話に魅了された参加者の熱意がこちらにも伝わるようであった。
僕はというと前座役で、場をあっためるとことと、学者らしい(あくまでも「らしい」であってそれを意識しているわけではない)発言で今回の勉強会の意義を伝えること。真打ちともいうべきKさんの足をひっぱらなかっただけよかったと思う。
二次会はあいかわらずの「日本一おいしい焼き鳥や」勝乃屋。無理をいってお願いしたにもかかわらず、軟骨ハンバーグや、焼きおにぎりなどを用意していただいて本当にありがたい。そして、参加者のみなさんもすごく喜んでくれたようでそれもありがたい。
帰り道、空に浮かぶ星をみながら、これらの星々を一本の線でつないで「星座」というストーリーを作り上げたギリシア人の知彗を思う。「つながる」時に人はそれぞれちゃんとつながっていく。僕らには見えない線でも、ちゃんとその線が見える人にはみえていく。そんな気がする勉強会だった。
次は「ノンバーバールコミュニケーション」。僕はまたまた前座でありますが、よろしければぜひおいでくださいませ。
いままで利用していたXOOPSによるサーバ運営をやめて、Wordpressに移行しました。
7年前にXOOPSでHPを立ち上げたときは、
「文系の研究者にしてはめずらしい」
HPということでお褒めの言葉をいただいたのですが、そのあとあっというまにブログやらTwitterやらfacebookが広まり、シンプルが信条のXOOPSでは見劣りするようになってしまいました。いや、これはあくまでも僕の技術の問題で、もっと魅力的なページを作るためにXOOPSを設定・加工する時間がつくれなくなったというのが正しいところだと思っています。
そんなわけで、Hello WordPress!てなわけで。
追記:本務校都城工業高等専門学校のHPもWordpressで再構築するそうです。
久しぶりの快晴。そして日曜日。 久しぶりに教会でミサを受ける。この三ヶ月ほど教会に通うこともできず、ただでさえ業の深い僕としては、毎日沈むことも多い「仕事に追われた日々」。「忙しい」というのは、「心」を「亡くす」状態を表したものだそうで、この3ヶ月は、なるほど僕は「心を無くした」状態が続いていたように思う。
忙しい時間というのはその渦中にいると「なんでこんなことやっているんだろう」と悔いるようなことも多い。でも、その昔は僕は職がなくて、「どんな仕事でもやります」というスタンスで仕事をしていたはずなのに。
今日の教会のミサは「皇帝のものは皇帝へ」というあの下り。どちらの方向を向いて僕はいきればよいのか。僕は「何」を神からいただいており、その「何か」をどういう形で神に返せばよいのか。
心が帰って行く場所をちゃんと考えなければならないと、40歳を前にして今更ながら考えるのであった。
時同じくして、本日は都城カトリック教会の近くにある西都城駅にて学生の文化祭研究発表のオブジェクトの展示。必死に形を作りあげようとする学生の姿から学ぶことがとても多いことにまた気づく。
僕が帰る場所はこういうところだったのだ、と思うことの多い日曜日。