アジアンドキュメンタリーズ映画祭2025『霧の中の子どもたち』

昨日(2025/08/03)、『アジアンドキュメンタリーズ映画祭2025』にて、ベトナムのドキュメンタリー映画『霧の中の子どもたち(Children of the Mist)』(2021年/監督:ハ・レ・ジエム)が上映されまいた。その上映後、映画評論家の宇多丸さんとトークライブを行いました。

X(旧Twitter)上には多くの好意的な感想が寄せられており、大変ありがたく思っています。ですが一方で私自身の中には消化しきれない部分も残りました。30分という時間をいただいたにもかかわらず、この映画が内包する深い問題について、十分にお伝えしきれなかったことを反省しています。

そこで好意的なコメントを書いてくださった方々への感謝を込めて、また、 自分自身の整理のために、そして今後この映画をご覧になる方の参考のために、あらためてこの映画が描いた世界、監督の視点、そして背景にあるモン族社会の法文化について、少し丁寧に記しておきたいと思います。


1. 映画の舞台 モン族の固有法ゲ・ジャイ(kev cai)

物語の舞台は、ベトナム北部の山岳地帯。主人公ジーは黒モン族の12歳の少女です。映画の中心には、モン族(Hmong)の固有法「ゲ・ジャイ(kev cai)」に基づく「誘拐婚(英語ではbride kidnapping / bride abdunction)」という少数民族の婚姻が描かれています。

旧正月の夜などに、少女が一方的に連れ去られ、結婚を迫られる―こうした慣習は、国家の法制度ではなく、モン族の内部に根付く固有法ゲ・ジャイによって正当化されてきました。ベトナム政府はけっして認容してはいません。ゲ・ジャイは、行政や裁判所ではなく、村の中で起きた問題を村内で解決する“共同体のための法”であり、村長やシャーマン(特にモン族ではチ・ネンと呼ぶ)が調停者として関与するのが特徴です。またこの誘拐婚が実行される際に介入できるのは兄弟姉妹のみとされています。

ジーもまた、この誘拐婚に巻き込まれそうになります。

ジーの家族はかねてからジエム監督に「姉」として介入してほしいと頼みました。ジーの家では2年前にお姉さんのラーが誘拐婚で結婚して(させられて)います。実際にこのドキュメンタリーの中でジーは誘拐婚の被害者となりますが、ジエム監督は実際に介入を試みるものの相手方の男性側の兄弟に暴力的に阻まれてしまいます。

ジエム監督自身は、ベトナム北部の少数民族タイ族の出身です。幼少期に友人が若くして結婚していく姿を目の当たりにし、それがこの作品を生むきっかけとなったそうです。当初の撮影目的は、ジーの幼少期の美しさを記録することにありました。しかし撮影が進む中で、カメラは単なる記録から、彼女を守る“盾”のような存在へと変わっていきます。ジエム監督は、モンの文化を一方的に批判することなく、そこに生きる人々の現実を可能な限り「公平に」伝えることを目指したとのこと。撮影にあたってもジーの両親からの同意を得たうえで、本人にも1年かけて丁寧に内容を説明し、不快に感じるシーンは撮らないという約束も交わしていたそうです。こうして3年半にわたる撮影を通じて築かれた信頼関係の上にこの作品は成り立っています。

撮影地となったこのモンの村では若年婚のみならず、人身売買や性暴力といった深刻な問題も発生したとジエム監督は述べています。ジエム監督のコメントによれば、撮影中にジーの同級生2人が通学中にレイプされ、うち1人が命を落としたとのことです(※トークライブでは「2人が命を落とした」と誤って発言してしまいました。訂正いたします)。

2. 父という存在−慣習を支える“無言の悪意”

さてこの映画には「一見悪人には見えないが、ゲ・ジャイを通じて利益を得ている」人物がいます。それはジーの父親です。作品中には泥酔して「冗談」を言ったり、どこか憎めない“愛嬌のある人物”として描かれます。今回の映画祭の上映中でも、父親が泥酔して登場し、乱暴な言葉を発するシーンでは(特に男性観客から)笑い声が起きました。

しかし、その笑いには、見過ごしてはならない構造があります。ジーの母親は、かつて誘拐婚によって父親との間で婚姻関係を結んだこと、そしてその後(現在も)たびたび暴力を受けてきた/いることを静かに語ります。それでも父親は「愛嬌のあるお父親」として私たちの目には映ってしまう。まさにその「笑いが起きる空間」こそが、ゲ・ジャイをめぐる女性への加害の構造を無自覚のうちに肯定してしまう装置になっているように思えます。

固有法だけでなく、ありとあらゆるルールは、ルールそのものに権威があるわけではありません。「それが当たり前」とされる日常によって支えられています。「地獄の道は善意で敷き詰められている」というのは西洋の諺ですが、にこやかにふるまいながらも暴力によって家庭を支配する「愛嬌のある父親」のような「小さな空間での中の強者」存在が、無言の共犯関係の中でゲ・ジャイの持続を可能にしています。陽気な父親の語る「冗談」は、それが悪意がないからこそ可視化しにくいのですが、服従させられる共同体内部の女性達には悪夢でしかないでしょう。

3. 母という存在-葛藤しながら、慣習を超える

トークライブ中にも少し触れましたが、もう一人、この映画を陰で支えていた、裏の主役と言っても過言ではない非常に重要な人物がいます。それが、ジーの母親です。

ジーの母親は、映画の序盤からジーに対して厳しく接しているように見えます。特に誘拐婚の危険については何度も注意を促し、「気をつけなさい」と繰り返し警告します。この姿勢に対して、「娘に厳しすぎる」と感じる観客もいるかもしれません。ですが、私にはむしろジーの父親とは対照的に、ゲ・ジャイに対して深く無力さを感じてきた者の警告に見えました。ジーの母親もまた、かつて誘拐婚によって父親に連れ去られた当事者です。その体験が、彼女の中に強く残っている。だからこそ、ジーに「同じ思いをさせたくない」と必死に警告していたのではないか、と。

しかし、そうした思いとは裏腹に、ジーが実際に誘拐されてしまった後、母親の心は何度も激しく揺さぶられます。電話口でジーを叱りつけたかと思えば、大声で泣き崩れ、相手側の家族がやって来た際には、最初は拒絶の態度を示すものの、やがて折れそうになる。学校に逃げたジーを迎えに行き、彼女を家へと連れ戻そうとする場面では、まるでゲ・ジャイになんの疑いも持たない、娘の未来をモンの伝統的なルールの下に潰そうとする狂信的な親のようにも映ります。さらには、かつて同じように誘拐婚で嫁ぎ、十分に結納金をもらえなかった(と母親が感じている)姉のように「ヘマをしない」よう、結納品や結納金の額を釣り上げようとする場面も登場します。

これらの母親の行動は一見すると矛盾しているように見えるかもしれません。ですが、私には、自分自身を説得しようとする母親の葛藤の表れに思えます。娘にゲ・ジャイを受け入れさせようとしながら、同時に自らの人生選択を肯定するために、必死に「納得の形」を探しているように見えます。

そんな母親について、ジーは「お母さんは村の外から出たことがない、村の外に私が連れて行くんだ」とジエム監督に独白します。母親の苦しみを娘が理解し、娘は自分自身はその苦しみを超えなくてはならないし、母親と一緒に母親の苦しみを超えることを決意した瞬間です。それは母親と娘が和解できた瞬間であったように思います。

こういうやりとりがあってこそ、続けて撮影されたラストシーンがさらに胸を打ちます。

ラストシーンでは、ジーが再び連れ去られようとする瞬間、母親はその場に踏み込み、伝統的な規範を破り娘を守ろうとします。前述の通り誘拐婚の原則では、「誘拐婚に介入できるのは兄弟姉妹のみ」とされており親の介入は禁じられています。ですがこの行動は、単なる母の情愛の発露ではなく固有法を内側から問い直す、きわめて勇気ある抵抗のように私には見えました。言い換えるなら小さな共同体の内部で行われたゲ・ジャイに対して生み出された沈黙を破る実践だったのではないかと感じます。

4.国家法と伝統的な慣習の衝突-女子大学について

宇多丸さんから、「国家法と伝統的な慣習(固有法)とが衝突した場合にどちらを優先させるのか/が良いのか」という問いかけがありました。こういう質問を時に私は受ける事があるのですが、そのたびにいつもこう答えています。

たとえば、この日本という国には、ほんの80年前まで女性に選挙権はありませんでした。西暦からスタートしても1945年間は、女性の権利はないに等しかったのが日本社会の伝統でした。でも現代「女性に選挙権がある」ことを「伝統文化に反する」と否定する人は誰もいません。私たちは、伝統文化よりも重い「人権」があることを自覚するべきだし、それでも古い「伝統」を残したいという主張があるのなら、「伝統」を残すことが「誰にとって得になっているのか」を見極めることが重要であると思います。現代日本では、選択制の夫婦別姓について、日本社会の伝統を破壊する制度として認めないと主張する方達もいらっしゃいますが、同様の問題を感じます。

映画館でジーの父親が登場したときに生まれた笑いも、その空気の1つの現れであるように思います。ジーの父親も、映画館で笑った方々も悪意を自覚的に示したわけではない。でも、その「悪意は無いけれども生み出される空気」が、女性の口を閉ざし、語ることをためらわせる。そしてその空気のもとで、「女性が女性であるというだけで、声を上げづらい」構造が静かに維持されているように思えます。

話は少し変わりますが、私自身は現在、椙山女学園大学外国語学部で教えています。ここ数年、京都ノートルダム女子大学の閉学、武庫川女子大学、鎌倉女子大学の共学化など、女子大学を取り巻く環境には厳しい風が吹いています。「女子大はこのまま無くなってしまうのか」と心配する声も届いています。

たしかに、共学でもジェンダー教育は可能ですし、ジェンダーフリーな環境を目指す大学も増えています。それは望ましい方向であることは間違いありません。ただ、私自身の経験として現勤務先にたどり着くまでに2回大学・高専を移りましたが、日本の共学の大学という「場」には、今なおモンの村に見られるような女性に対して有無を言わせぬ「空気」が存在していると感じます。ジーの父親が愛嬌を振る舞いながらもゲ・ジャイを押しつける現況でありながらも、それが許容されてしまうように、日本社会の中にも女性の権利を無言のうちに狭める空間が醸成され、女性が声を上げにくくなっている目に見えない壁が確かにあるとも感じています。

日本はジェンダーフリー化が進んでいる?とんでもない、と私は思います。日本のジェンダーギャップ指数は依然として低く(2024年は世界125位)、夫婦別姓も認められていない国は日本だけです。このような現実の中で、女子大学という空間が担っている役割は、決して小さくありません。女性が自分の言葉で語り、自分の人生を見つめ、自由に意見を交わせる場所が女子大学です。少なくとも大学在学中だけでも、そうした「語れる場所」があることはとても大切だと、女子大学の教員の1人として強く思っています。

共学でのびやかに学べる女子学生がいること自体はもちろん否定しません。ですが、女子大学でなければのびやかに学べない学生も、女子大学でさらに大きく伸びる学生も現在の日本にはかなりの数いると考えています。そうした意味で女子大学の存在は、市場原理によってのみで議論されてよい問題ではないと考えます。「女子大が歴史的役割を終えた」などという安易な声について私はまったく与することができません。これはこの国に生きる人間の1人としてとても残念なことですが。


最後に

『霧の中の子どもたち』は、「文化とは何か」「伝統と人権はどう共存できるのか」という深刻な問いを、私たちに投げかけてきます。この作品の深刻さの元凶は、モン族の村の中にのみあるものではありません。むしろスクリーンの外―私たちの日常生活や社会のあり方の中にこそあり、そういった「見えなかった」私たちの日常に潜む歪みを、この作品は私たちにあらためて示していると思います。観るのには少し勇気がいるかもしれません。けれど、観終わったあとには必ず何かが心に残る、そんなドキュメンタリーです。そして何より、「語ること」「共有すること」の大切さを、私たちに思い出させてくれる作品でもあります。

後日談も少し。映画の公開から数年が経ち、ジーは現在19歳。7歳年上の男性と結婚し、母親とともに藍染めの布を作るビジネスを始めています。映画を通して広がった支援の輪も、この活動を後押ししています。また、アメリカなどに移住したモン族からも支援の声が寄せられ、ジエム監督たちは、村の少女たちのために裁縫や英語のワークショップ、奨学金制度などを立ち上げようとしています。ジエム監督は「モン族の人々は自立心が強く、頑固であるがゆえに魅力的」と語っています。撮影期間中、彼らと共に暮らすなかで「まるで家族のように感じていた」と振り返ってもいます。

今回、コメンテーターの依頼を受け、私自身も一般の方に自分の研究をどう伝えれば良いか、大変考えさせられました。このドキュメンタリーについて、一般の皆様に広く語らせていただく機会を与えてくださったアジアンドキュメンタリーズの伴野さんと八木沢さん、ステージ上で観客の代表としてこの難しいテーマについて語る言葉を十分にもっていなかった私から上手く話を引き出してくださった宇多丸さんに感謝いたします。

主の平和。