Sunisa Lee選手のオリンピック金メダル獲得について

Sunisa Lee選手が女子体操個人で金メダルを取得した。丁度、市民勉強会の講義をしていたためこの試合をリアルタイムで見ていなかったのだが、金メダルを取得した直後にモン族の友人たちによるFacebookの通知で画面が埋め尽くされた。

すでに幾つかのメディアで言及されているが彼女はアメリカ系モン族の第2世代にあたる。この出生に関するアレコレは、2021年7月30日8:00(JST)時点での英語版Wikipediaによれば、

Lee was born Sunisa Phabsomphou on March 9, 2003 in St. Paul to Yeev Thoj, a healthcare worker. When she was 2 years old her mother met John Lee, who became Sunisa’s father. Although her parents never legally married, she made the decision to change her last name to his.Lee is of Hmong descent; both of her parents immigrated from Laos when they were children. She has five siblings, sisters Shyenne and Evionn and brothers Jonah, Lucky and Noah. Evionn also competed in artistic gymnastics at the regional level.

とのこと。このあたり、モン族の事情を知らない方にはわかりにくいと思うのだが、Sunisaという名前はモン族の女性ではありふれた名前で、 Phabsomphouはモンの18ある氏族の一つクランの一つPhaから派生した姓かと推察される。母親(Yeev Thoj)のThojという姓もモン族の18ある氏族の名前の一つであり、このWikipediaの記載だと父親のみがモン族であるかのように読めるが、Sunisaの母も、結婚した男性(後にSunisaの父となるJohn Lee)ともにラオスからの移民であるようだ。

また両親が正式な婚姻手続きをとらないという選択は、特にアメリカモン族の場合に「十分にありうる」話題である。とはいえ、このあたりは憶測で書くのは非常にはばかられる。「アメリカモン族はなぜ正式な婚姻手続きをとらないのか」というテーマだけで当方を含め多くの研究者が論文を書いているので、興味があったら拙書の以下の論文をお読みいただきたい。

吉井千周(2016)「固有法の適応と変容:在米モンコミュニティの誘拐婚を事例として」『アジア法研究 2015』, Vol.9, No.1, pp. 1-18

また包括的なモン研究としては

吉川多恵子(2013)『デイアスポラの民モン 時空を超える絆』めこん

が詳しく、モンを巡る問題のあれこれがわかるだろう。日本ではメジャーではないモン族だが、海外では実に多くの研究書が出版されている。具体的にはこちらの書籍を読んでもらうことを勧める。

それでもあえて大まかに言うと、1970年代のインドシナ戦争時に現在のラオスに居住していたモン族の多くは、アメリカCIAに協力していたため、革命後のラオスに居住できなくなり、アメリカに亡命せざるえなくなった。そうやってアメリカに移住してきたモン族がSunisa Lee選手の両親ということになる。またモン族は当初アメリカ各地に分散して居住していたのだが、アメリカ国内で2次移動が行われ、現在は州単位で言えばカリフォルニア州が、都市単位でいえばミネソタ州ツインシティーズ(セントポール市とミネアポリス市)に多く生活している。その数は18万人ともいわれ、アジア系アメリカ人としては最大規模のコミュニティを築いている。

このSunisa Lee選手の話題は、一夜明けた本日世界中のモン族コミュニティ、特にSunisa Lee選手の出身地であるミネソタのモン族コミュニティにでは大々的に伝わっている。アメリカモン族だけでなく、世界中に400万人はいるであろう(<このあたりきちんとした統計はない)モン族初の金メダリストが誕生したのだから。

加えてミネソタでは、昨年の白人警官によるジョージフロイド(George Floyd)さんへの暴行殺人事件の際に、アメリカモン族出身の警官(敢えて名前は伏せます)がその場に居合わせた4人の警官の一人でこの模様を傍観していたことがあきらかになった。ミネソタ州はモン族の他にも多くの移民が移住しそれぞれコミュニティを築いている州であり、治安の良い州の一つではある。だが、黒人コミュニティとモン族コミュニティの対立などが生じていたことは指摘されており、このジョージフロイドさんの事件によってモンコミュニティへの風当たりも強くなっている。そんなちょっとギスギスしていたモンコミュニティにとって、今回のSunisa Leeの金メダル獲得のニュースは大きな救いとなった。これからしばらくは世界中のモン族コミュニティの中で、この話題一色になるだろう。

モンの歴史はアメリカのインドシナ戦争によって大きく変わった。あの戦争がなければこのようなビッグニュースは聞けることはなかっただろう。インドシナ戦争終結から50年が過ぎ、アメリカに定住したモン族の新しい歴史が始まる第一歩としてのもこの金メダルの価値は大きかったのではないか。

都城工業高等専門学校准教授(法学)

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