人生における「悪役」の存在

この1ヶ月間ほどバタバタとしており、あちこちに不義理を重ねてしまいました。すいません。

簡単にあったことを書きますと、父が亡くなりました。その関係でバタバタしておりました。すでに荼毘に付しています。それらのあれこれにもやっと一息つきました。

親しい知人には話しているとおり、父と当方を含む家族との仲は、良好ではありませんでした。

35年ぶりの対面は遺体とでした。

彼が家族や特に自分に対して行ったこと、その後の彼の人生の詳細を公言することはありません。ですが、あえて一言で言えば、愚かな人であったなと思います。

僕は彼のせいで人生の中で余計な苦労をたくさんしました。悲しいかな、そのような父を反面教師として捉えることができたので、僕は人権を取り扱う研究者になり、今は大学で働いており、また全国各地で憲法の講演をしています。

これまでは、ヨブのように自分に降り注ぐ苦難にも意味はあるのだろうと思っていました。そして、それぞれの人間の人生には、悪役として登場する人間も必要なのかな、と思うようになってきました。

もちろん、僕も誰かの人生には悪役として登場しているのだろうな、とも思っています。

他者の心ない振る舞いを、ヨブのように「恵み」と思えるほど、僕は人間ができていないのですが、僕の人生に登場した父をも含む悪役達が自分にもたらした「理不尽な出来事」ときちんと立ち向かいつづけた中で、自己形成がなされてきたように思います。もちろん、それは「立ち向かうことができただけの」環境が僕に用意されていたからこそできた話で、他の人に対しても「自分に与えられた理不尽な出来事に立ち向かうべき」と言いたいわけではありません。周囲の環境も含め、助け合うことも難しい状況にあるガザの子供たちの写真が流れてくるたびに心を痛めます。同じように誰にも相談できずに苦しんでいる性被害の言葉を聞くたびに心が張り裂けそうになります。研究室を訪ねてくる学生の一人一人のエピソードに共に泣くことしかできない体験もたくさんありました。

自分は、そんな多くの苦しみが溢れる世界の中で自分の苦しみなど取るに足らないものだと思い込もうとしてきました。人の苦しみを比較すること自体ナンセンスですが、僕の苦しみなど些細なことだと思おうとしてきました。

でもそうでなく、それほ自分のことと向かい合うことから目を背けていたにすぎなかったのだと今は思います。自分の人生に登場してきた悪役に目を背けていたにすぎません。悪役に向かい合う勇気が僕には必要でした。

幸い多くの方に支えられて、僕は運良く立ち向かうことができました。そのこと自体は大変幸運なことでした。そして、悪人による痛みを経て、僕は今大学で学生達と接し、フィールド先で苦しんでいる人々と接することができています。

被差別側から差別者に向けて、例えばネルソン・マンデラのように"We should forgive but not forget"(赦そう、しかし忘れない)と言葉が投げかけられました。今なら少しは、その心境がわかります。

「怒りを保ちつづける」のは精神状態として良くはないのでやめますが、「怒りを感じた」ことそのものについては忘れないでいようと思います。悪役が自分の人生に登場することが、僕の人生を豊かにしたのだと思えるように。これからも続ける研究のために。

主の平和。

キャッチ画像は、イスカリオテのユダ。