「Children of the Mist」とメディアの表象

先に書いたとおり、日本テレビのバラエティ番組『世界まる見え!テレビ特捜部』にて、研究しているモン族の婚姻慣習、特に「誘拐婚」を扱ったドキュメンタリー映画『Children of the Mist』(2021年、 Hà Lệ Diễm(ハー・レ・ジエム)監督)が取り上げられることとなり、その監修を依頼されました。オリジナルの作品は以前、NHK-BSで放送されたこともあったので、ご覧になった方もいるかもしれません。
本作は、ベトナム北部の山岳地域に暮らすモン族の少女を主人公とし、彼女が「誘拐婚」(bride kidnapping)という慣習に直面する様子を丹念に追った作品です。この映画は、単なるエスノグラフィックな記録にとどまらず、グローバルな視点から少数民族女性にまつわる伝統と近代の狭間で揺れるジェンダーの問題を鋭く描き出している点に意義があります。
バラエティ番組の中での取り扱いということもあり、この映画の抜き出し部分には非常に軽妙なアテレコが使われていました。ムービー自体は14歳の女の子が泣き叫ぶシーンでとても重い内容なのですが・・・。正直なところ、この作品がテレビのバラエティ番組という文脈において、いわば「異文化の奇習」として消費されるかたちで放送されたことには、研究者として忸怩たる思いが残りました。「誘拐婚」は、しばしば合意のない未成年女性に対して行われ、場合によっては深刻な人権侵害やトラウマをもたらします。それは「伝統」としての文化的意味合いがあるにせよ、軽妙なトーンで紹介されてよい事象ではありません。
とはいえ、今回の放送を通じて、このテーマが広く世間の関心を惹いたこと自体には、一定の意味があるとも考えています。Xなどでもこの番組に言及する書き込みが散見できました。メディアにおける表象は常に編集と選択を伴うものであり、完璧なかたちで文化を伝えることは困難です。しかし、それでも「知られること」には力があります。誘拐婚の存在を初めて知った視聴者が、自発的にこの慣習の背景や問題性について調べる契機となったのならば、それは研究者として看過できない「前進」とも言えるとも考えています。何よりも僕自身が皆さんに伝える力をあまり持っていないというのが事実ですので。
誘拐婚はモンの社会内部で一定の規範的意味を持つ制度として機能してきました。しかし同時に、現代の人権規範に照らしたとき、それが個人の尊厳や自由意志を抑圧している可能性があることも、厳密に問い直されなければなりません。私たち研究者の責務は、そのような文化の多義性を丹念に記述し、安易な肯定にも否定にも与せず、その意味を丁寧に読み解くことにあります。
今後もこのテーマが、より深い理解と対話の中で扱われることを願ってやみません。そして、学術とメディアの接点が、互いの領域を尊重しつつ公共的な知を育んでいくことを切に望んでいます。
オリジナルの作品は、AmazonでDVDが販売されていますし、末尾の「アジアンドキュメンタリーズ」で観ることができます。みなさんにお時間がありましたら、ぜひオリジナルの作品も観ていただければ幸いです。多くの気づきがあるはずです。たぶん、このオリジナルの作品をこうしてWebで紹介するところまでが僕の監修の仕事だったと思っています。
自己否定的な文言になってしまいますが、いつかこの問題がなくなり、この問題を論じる僕自身が必要とされない世界が来ることを祈っています。
主の平和