近況

先日53歳の誕生日を迎えた。
ようやくこの大学の静けさにも心が馴染んできた。赴任した頃の緊張も薄れ、学生たちの明るい声や、同僚との穏やかなやりとりに、少しずつ自分を預けられるようになった。もちろん専門外の仕事は意外と多く戸惑いもあるが、前職の忙しさに比べれば時間はゆっくりと流れている。
研究室では、登校するとすぐに小さなミルでコーヒー豆を挽く。それが一日の始まりの合図になっている。立ちのぼる香りに包まれながら事務作業を行い、またモン族の資料に目を通す。この大学に来て、改めてあまりに重く繊細な研究テーマ(モン族の「誘拐婚」)に取り組む。記録された人の痛みを言葉にすることに自分の限界を感じながらも、それでも止めるわけにはいかないな、と思う。
窓の外には、すでに青葉に変わった桜の枝が静かに揺れている。小さな緑の葉をつけた紅葉の若木が初夏の光を受けている。ひとつの季節が過ぎ、また次の季節へ移っていく。自分の人生も、研究も、静かにだけれど確かに移ろっていることを思い知る。
年齢を重ねるごとに、焦りでも諦めでもなく、ただ静かな「受容」の姿勢が心に根を張ってきたように思う。これまで忙しさにかき消されていた感情が、今またゆっくりと戻ってくる。桜の葉も紅葉の葉も、それぞれの時間を正直に生きていて、自分もまた、「ただ、それだけで」いいのだなと思う。
また来週も、豆を挽き、静かに机に向かうことにしよう。
# 一年に一度エモい文章を書く病気なのです。ご容赦ください。
主の平和。