オンライン授業のスタートにあたって

明日(5月11日(月))から、本学でも新型コロナウイルスに対応のため、オンライン授業が実施されます。15年この学校で教えていて、「新入生に社会科の科目をなぜこの工業高等専門学校で学ぶのか」という学問のマインドセットを語る機会がないというのは初めてのことです。

そして、明日以降、多くの学校で回線が混雑することを考慮し、本学では(基本)動画は基本使わない形で授業を行う事になりました。僕を知る方はご存じの通り、本当は体全体を使って授業をするタイプなので、ちょっと困っています。

そんなこんなで、僕なりに学生に伝えたいことを文字だけで書き起こしました。どれだけ伝わるかわかりませんが、数々の制限の中で、教員として僕が「コロナに対して今できること」です。ご笑覧ください。
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○はじめまして! 教員の自己紹介

みなさんこんにちは。総合社会Ⅰを担当する吉井です。1Mの担任でもあります。
これから1年間みなさんと総合社会Ⅰの科目を勉強します。
専門としているのは法学で、特に固有法というタイの山間部に住んでいるモン族という社会集団の研究をしています。「人はなぜルールをつくり、それに従うのか」ということを考えています。
吹奏楽部の顧問で、プライベートではトロンボーンやユーフォニアムを吹奏楽の市民バンドやオーケストラで吹いています。吹奏楽部のみなさんとは毎年1月に開催される定期演奏会のステージでご一緒させていただくほか、曽於市を中心に活動しているメセナ楽団のユーフォニアム奏者として活動しています。それ以外にも、宮崎交響楽団のバストロンボーン奏者として、交響曲を中心に年に一度県立劇場のステージに載っているほか、BasinBrassという金管五重奏団で演奏活動もしています。
また、高専以外では複数の大学で憲法を教えたり、情報工学を教えたり、プレゼンテーションを教えたりしています。高専の外ではむしろ「高専の音楽/情報学の先生」と言われることも多く、だれも「法学の先生」と呼んでくれません(;_;)
学校外でもいろいろ活動していますので、見かけたら声をかけてください。
科目以外のこともばんばん質問して下さい。

○この科目について

さて、この総合社会Ⅰという科目は高専の科目名で、高校では「現代社会」という科目に一致します。この授業以外で興味のある学生は、市販されている現代社会の参考書なども読んでみて下さい。
この現代社会という科目なんですが、中身は
 心理学+哲学+政治学+経済学+現代社会の諸問題(環境問題+情報学+少子高齢化+エネルギー問題)
となっています。実に幅広い分野を扱っており、これから技術者になろうとするどの科目のみなさんにとっても多くの気づきがあるかと思います。

・技術者になるための方法 「どのようにして技術者になるか」

を教えてくれるのが、各専門学科の科目だとすると、この「総合社会Ⅰ」の科目は

・技術者に進む道・方向を考える科目 「どういう技術者になるか」

ということを考える科目になると僕は考えています。

「よのなか」というのは、時に大変残酷で、私たちは自分たちの思い描いたようには自分の人生を歩むことができません。今回の新型コロナウイルスの蔓延で、思った通りの進路を進めなかった、または望んでいた進路を絶たれた方もたくさんいらっしゃるのをみなさんも知っているはずです。また、みなさんの同年代であっても、家庭の事情、本人の事情などの様々なことがあって、すでに中学校を卒業して、就職している方もたくさんいらっしゃるはずです。

私たちは「思った通りの人生」を選ぶことができません。

それはこうした、「やりたいことがあったけれどできなかった」というネガティブな(後ろ向きな)選択の中でのみ起こるのではなく、例えばポジティブな(前向きな)「自分がやりたいと思っていた」選択であっても同様の事は起こります。長年の夢を実現させるためにがんばった学生達が「思い描いていた夢と現実が異なっていた」ということで離職することも多いのが現実です。またポジティブな選択で、本人は幸せだったはずなのに、知らず知らずに他の人を苦しませることがあるのも事実です。私たちはそれを水俣病や宮崎の土呂久ヒ素公害などで十分に知っています。

※俗に七五三現象(しちごさんげんしょう)と言われるのですが、皆さんと同じように学校を卒業して就職した方々の3年以内に中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が離職します。それが前向きなステップアップの離職ばかりではないところが本当に残念です。

この学校でみなさんが専門学科の科目を学ぶ際に、絶えず「この科目は世の中にあるどういう問題を、どのように解決するのか」ということがわかっていれば、また自身が「どういう技術者になるか」ということがより明確になると僕は考えます。技術者の世界は楽しく、また奥深いです。みなさんが自分の人生と向かい合うときに、技術以外の事も知っておくことは自分の人生の選択をより深いものにしてくれるはずです。

(また僕は別に都城高専を卒業したからといって「技術者」なんかにならなくてもいいと思っています。世の中には、大学の専門と職業が異なる方はたくさんいます。君たちの先輩にもそういう方はたくさんいます。それは別に「逃げる」ことではありません。中学校3年生の段階で選んだ選択について、見切りをつける、という能力も身につけることができるのがこの科目なのです。あ、これはオフレコで(<遅いよ))

みなさんが、この学校を卒業し「技術者」として活動するとき、世の中はどうなっているでしょうか。そのときの社会は良くなっていて欲しい、と思います。ですが、私たち人間はほんの数ヶ月前に発生した新型コロナウイルスにでさえこんなに無力です。津波、原発事故、大不況など私たちが立ち向かうことができない相手はたくさんいます。そして私たちの社会では、自然災害よりも社会的な構造による差別(国籍・性別など)があり、社会制度にも数々の問題があります。

「夢は叶わない」と言っているのではありません。私たちは「夢を実現させる」ための方法を模索し、実現することがこの5年間で何度もあるかもしれません。そうしたときに夢を叶えるために自分を客観的に見つめ直し、新たに夢を実現させるための方法を学び、問題のあるこの世の中をみなさんだけじゃなく、みなさんの後に続く人たち(将来みなさんが持つことになるかもしれないお子さんについても)のためによりよい社会に変えていく、その術を学ぶのがこの「総合社会」という科目です。ただ、僕自身はこの「総合社会」という科目のネーミングはとんでもない欺瞞だと思っていますし、他の先生方が同じ思いで開講しているわけでないことも強調しておきます。

もちろん、少子高齢化のこの時代では(<授業で取り扱います)、皆さんが卒業する頃には、経済状態も安定していて、きっと「高専卒業生」というだけで、多くの企業からお声がかかることでしょう。でも多くの企業の中で、どの仕事を一生の仕事として選ぶか、どのように生きていくかを選ぶ時の判断をすることは専門科目の授業では学べません(この話は大変長くなるので、またそのうち機会がきたら話します。例えばゲーデルという学者さんの議論を踏まえながらお話しします)。

ちょっと長い説明になってしまいましたが、これから一年間、みなさんとゆっくり「どういう技術者になるか」ということを考えていけたらと思います。どうぞよろしく(^_^)v

追記 本記事に作成に当たって、専攻科2年のH君と本科2年のN君にコメントをもらいました。実はこのお二人は「この学生が1年生だったら、どう言えば伝わるだろうか」と思いながらいつも文章を書く仮想読者なんです。多謝。