十六夜月の千秋さま−メセナ楽団定期演奏会

2/28はエキストラでメセナ吹奏楽団に参加。しかも指揮は知る人ぞ知る鹿児島ウィンドの常任指揮者だった(現在は名誉指揮者)の長瀬先生で、僕は中学生の時に先生が振った吹奏楽版の 「展覧会の絵」全曲演奏に身震いし、自分がトロンボーンを吹き続けるきっかけの一つとなっている。長瀬先生の指揮でふけるなんてこんなすごいこ とそうそうあるもんじゃない。加えてローブラスをばりばり鳴らすのが鹿児島ウィンド時代からの長瀬先生の音作りだったので、バストロでのトラ参加も喜んで引き受ける。通常はドイツ管でトップ吹きなのにたまにこうやってバストロを吹くといろいろな発見があって楽しく、嬉しさも相まって音が割れないよ うに柔らかくバストロを吹くのがこれまた楽しい。本業とはちとはずれたバストロンボーンでの参加で、低音域のピッチが下がりきらずに苦労したものの、CONNのバストロ特有の柔らかい音が第一組曲のなかで溶け込んでいく。

そうなのだ。今回のプログラムの目玉はホルストの第一組曲。実はこの曲を吹いたことがなかった。一度吹いてみたくてしょうがなかった曲の筆頭で、加えて第一組曲は本当にバストロのラインが美しい。

幸せだ、と思う。

それは自分勝手に音を出した独善的な満足感からではなく、ほかの音との調和を前提として大きく吹くことができるからだ。現在の本職のオケでは往々にして「トロンボーンが大きい」といわれるのだが、市民オケでは当日まで弦楽器がそろわず、加えてうちの場合は管楽器も直前までそろわない。そのためにどうしてもトロンボーン(<今はなんか異常なほど出席率が高い)が浮いてしまっているのだ。オケでバストロをふくMさんもさぞ消化不良だと思う。

一般論として成り立つのかどうかわからないけれど市民オケ/吹奏楽の問題の一つは、仕事等で当日まで参加者全員もしくは半数以上もあつまらないことにある。そのため指揮者の先生方は当日やってくるであろうパートのことを想像しながら曲を組み立てることになる。至難の業、職人技だと思う。今回の長瀬先生もだけれども霧島フィルの土田先生の偉さが改めてわかる。

ともかく、演奏会は無事に終了。アンコールを吹ききったとき、実は泣きそうなほど感動していたことはナイショ。

打ち上げはその感動がさめやらぬままで、しかも長瀬先生と直接お酒を酌み交わす機会までいただき本当に感謝しまくりではじけまくり。霧島フィルと練習がかぶらなければ、ぜひ参加したい楽団なんだけれど(涙)。

時に今夜の月は十六夜で、僕が一番好きな月の形。完成された円に「少し足りない」その不完全なあやういはかなさが胸をしめつけるほど美しい。コンピュータ大好きな僕だけれど、人間の持つ不完全さが現れることが生楽器の魅力で、不完全なそれでいて美しい円を目指してやまない市民バンドの良さもそんなところにあるのだと思う。

追記
今回のコンサートのパンフレットに名前が誤植で「吉井千秋」と印刷されていた。僕としてはのだめカンタービレの「千秋サマ」を連想させる「よい誤植」だと思うのだが、お客様はさぞかしがっかりしただろうと思う。団長のOさん、楽しい演奏会にお誘いいただき有り難うございました!