また一つ年齢を重ねてしまいました

この年齢まで生きるということを人生設計に入れていなかったので、正直なところ35歳を超えた頃から、余白の部分となる予定だったこれからの人生をどう過ごすか困ってしまっています。

死んでもなにも残らない生き方がしたいと思っていました。体一つ残らなくてよいと思っていました。きっと自分にふさわしい死に方がやってくるその日まで、それに合わせて今は「生きる」ことをするしかないのだろうと思っています。

「たぶん余白の人生は若い頃のように『自分を作り上げていく課程』ではなく、自分の人生を徐々に終演に向かわせていく人生でいいな」
と一見冷めた目で自分を見ている自分自身が不思議です。でも本当にそう思えるほど、今心落ち着いています。

そして悔しいけれど、まだまだ僕の人生には多くの楽しいことが待っているようで、ちょっとナイショのプロジェクトも進んでいます[僕の中ではセカラシ・プロジェクト(セカラシとは鹿児島弁で「うるさい」の意)と銘打っています]。自分の終焉は例えば大音量の中で迎えるのか、フォルテからピアノ、ピアニッシモと徐々に小さくなっていく音楽の中で終わるのか、それもまた楽しみなのです。

そんなわけで、もうしばらく命を預かって39年目を目指すことにします。