リュックを担いで旅に出る

「人はなんとなくリュックを担いで旅に出るときがある」という格言がありますが(〈ありません)、3日後に10年ぶりに姶良市の恩師と会うことになりました。

既に皆様にはオープンにしておりますが、当方は現在更年期障害を患っており、不安定なホルモンに左右される毎日です。やらなくてはいけない事は山ほどあり、そして最近特に襟を正して向かわなくてはならないようなことがいくつか生じたことから、お医者様のおっしゃる通り、「効果がある」といわれている筋トレなどを地道に続けています。闘争心が出るようなことをすると良いようなのですが、だからといってマッチヨを目指すと言うのも僕の美学には反するなぁ、と思いながら。

で、3日前にお師匠さんと連絡をした際に、ふと「60キロ近い道のりを歩いてお尋ねするのも面白いかもしれないと」丸谷才一の全集を読み終えたばかりの私が考えてしまったことから、ほぼ思いつきでリュックを背負って、もちろん有給休暇も取り、霧島市までやって参りました。関東の人にはイメージがつきにくいと思いますが東京駅から鎌倉駅ぐらいまでです。もちろん汗だくで伺うのは失礼なので、お師匠さんの住む姶良市へは、明日伺う予定です。あ、20キロは歩く予定で何処かで温泉に入ってから伺うことになります。

国道10号線は、かつては幹線道路として宿場町が多く形成されていたようです。残念ながらその姿は今はほとんどなく、街道杉もほとんど切られていました。このぐらいの事なら、実はGoogle マップやGoogleストリートビューで確認することができます。新しい時代のフィールドワークの予備調査として、どの程度使えるか今回の旅行で確かめてみたいという思いもありました。もう5年前になりますが、チェンマイ大学にいた頃は山の中をリュックを担いで10キロぐらいは歩いていたものでした。年齢と反比例するように体力も落ち、そしてこのコロナの状況の中でもうタイには行くことができないのではないかとタイ研究者を自称するのが辛い状況になっています。加えて、現在の職場では法学の授業がなく、僕自身が自分の研究する意味を見失いつつあります。いいえ、こういった状況であっても僕自身は恵まれた職場にいるのだと思っていますし感謝すべきです。そして何よりもこのようなコロナの状況がなかったとしても僕はどこかで行き詰まりがあったような気がします。

友人たちはこういった事態を目前にして、例えば1人キャンプを始めたり、釣りを始めたり、または家族とのグランピングを始めたりと様々な活動をしているようです。それは逃避ではなく、この状況を踏まえて次に進もうという何らかの表れなんだと僕には見えます。

そんなわけで、僕なりの向かい合い方としてリュックを持って旅に出てみました。車で来ればほんの1時間ちょっとの道のりも歩いてみると8時間強。歩くスピードでしか見えないものをもう少し大切にできたらと改めて思う次第です。

精神と肉体を安易に結びつけるつもりではありませんが(〈オリンピックもありますしね)、身体感覚で得られることを言葉に出せるよう、この4月からの1年間はそのことに集中したいと思います。

都城工業高等専門学校准教授(法学)

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