知的財産教育の手法

「知的財産立国宣言」と知財教育の立ち後れ

010x.jpg2002年2月4日に開催された第154回国会において、小泉首相が知的財産を戦略的に利用するという施政方針演説を行い、「知的財産立国」が国家戦略として重点化されることになりました。続けて2002年7月には知的財産戦略大綱が策定され、更に11月の知的財産基本法の立法化を経て、2003年以降知的財産推進計画が毎年発表されるようになりました。高専を含む学校教育における知財教育についても、2003年の第1回推進計画から課題として取り上げられています。

担当官庁である特許庁及びINPITも知財教育の重要性については認識しており、施政方針演説に先立つ1998年より『産業財産権標準テキスト』を発行し、教育機関における標準的な知財知識の習得に向けた活動を行っています。このテキストをベースとして知財科目のガイドラインともいえる「標準カリキュラム」も策定され「高等専門学校における産業財産権標準テキストの有効活用に関する実験協力校事業」(以下、実験協力校事業)も定期的に開催されるようになりました。
こうして高専間で知財教育のノウハウが共有されるようになり、知財教育の標準化は一歩前進したといえますが、黎明(れいめい)期にある知財教育現場では同時に問題も累積しています。教員の指導能力の問題(教科科目として「知財」は想定されていなかったため、「知財」を指導する方法を誰も学んでいない)、標準テキストの問題、単位認定の問題など、これから考えなくてはいけないことが累積しています。大阪教育大学の現代GP「知財教育のできる教員養成システムの構築」(平成17年度)または山口大学と特許庁による「大学における知的財産教育研究事業研究」(平成18年)など知財教育に関する研究もやっと一歩を踏み出したところです。

しかしながら高等専門学校における知財教育は、総じて立ち後れている観が否めず、高等専門学校の知財教育に関して横断的に行った研究がほとんど存在しないというのが事実です。

そこで知財教育を高専において教科教育として確立するにはどのような問題が存在し、どのような手法が成り立ちうるか都城高専での取り組みを元にして幾つかの試論を試みています。

開発系知財教育への偏重

011x.jpg現在各高専では知財教育はどのような形式で行われているのでしょうか。各高専のシラバスによれば「知的財産権」「産業財産権」「工業所有権」といった題目の授業を行っている高専は、2015年現在で国立・公立・私立含めた全高専61校のうち8高専(13%)にすぎません。
また平成18年、19年における実験協力校事業参加校の内訳をみると、知財教育を講義中心に行ういわば「座学系知財教育を」実施している高専は少数派であり、多くの学校で知財教育は専門学科の授業・課外活動・卒業研究のものつくり授業の一つとして、いわば「開発系知財教育」として行われています。「職業に必要な実践的かつ専門的な知識及び技術を有する創造的な人材の育成」をその設立目的としている実学志向の教育を提供する高専にとっては、座学系知財教育は開発系知財教育ほどの教育効果を期待されていないという事情があるのです。
こうした開発系知財教育をめぐる現状の中でもっとも先駆的な試みをしている学校が徳山高専である。徳山高専では学生の特許出願が5年間で24件あり、また特許取得によって得られた収益が新たな特許取得のための活動経費になるという知的創造サイクルが学内で形成されているとのことです。学生自身が就業前に知的創造サイクルを追体験できる、という点では一つの理想型といえるでしょう。また開発型知財教育を行っている高専では、商品開発を学生自らが行い、商品開発経験のある教員を知財教育の担当者として配置しており、商品開発のプロセスをOJTで行うことは知財教育の大事な柱であることは間違いありません。

知財教育の指導教員をめぐる問題

しかしながら各高等専門学校において開発系知財教育が座学系の知財教育よりも多く実施されているのは深刻かつ致命的な理由が、高専の持つ実学志向の教育体制以外にももう一点あります。

それは知的教育に関する体系的な知識を指導教員が有していないという点なのです。平成19年度実験協力校事業中間報告会において関係者に配布された資料では、「ご自身の知的財産の知識の習得や、その経験につてお聞きします」というアンケート項目があり、「これから習得し、実験協力校事業で活用する」と応えた担当者が実に全参加校15校のうち8校、実に53パーセントの教員が知財の知識・経験もない状態で知財教育を担っていることがわかります。また2015年の今日でもこの数値にはあまり影響はないようです。なお、同報告会の会場からは、現場の教員からは「科目としての整合性をどう保つか」、「後任をどうするか」、「継続的な指導をどう行うか」ということで、不安の声が多数あがっています。
また同実験協力校事業終了時のアンケートでは、高校教員を含め「教員・教官になってから(実験協力校事業担当以降)学んだ」「今後学ぶ」という回答が、全体の38パーセントにも及びました。ここでもやはり知財教育の実施段階においては多くの教員が知財に関する知識を有していないことがわかります。例えば、英語の教員が、指導する際に「これから英語を勉強します」というのはアリエナイ話で、他教科では考えられない異常な事態が知財教育の現場では生じています。

座学系知財教育が「ものつくり」の経験を持たない文系の教員によって担われていることを問題視する視点がある一方で、開発系知財教育についても知的財産権について教育経験のない教員が知財教育を担っているのが現実の知財教育の現場です。ただし座学系にせよ開発系のいずれにせよ知財教育ではその教員の個人的能力に左右されやすいという面を否定できません。こうした問題は先に紹介した大阪教育大学GPにもあったとおり、教育界全体で知財教育を指導できる教員養成のためのカリキュラムを策定することでしか到達できないのかもしれません。

標準カリキュラムの問題

こうした開発型知財教育への偏重と教員の能力の問題については、高等専門学校のみならず知財教育を行う全ての教育機関で直面している問題であるといえるでしょう。しかしこうした教員の問題よりも深刻であるのが『標準カリキュラム』の問題です。

「知的財産推進計画2006」では、「ものつくり」のプロセスを追体験することのみならず国際ルールとも言える特許のルールを学び、プロパテント戦略の一貫を担う人材を育てることにもウェイトが置かれています。ですが前述の通り開発系知財教育では、発明するノウハウを発明経験のある教官と学ぶことはできても、推進計画に書かれているような知財を運用するノウハウを体系的に学ぶことはできません。

こうした知的財産推進計画がめざす教育体系は『標準カリキュラム』を学生向けに再編集したテキスト『産業財産兼標準テキスト特許編』に如実に表れています。

カリキュラムでは知的財産権の概説と特許取得の手続については記されているものの、アイデアのまとめ方、商品開発のノウハウについては触れられていません。つまり『標準カリキュラム』では、開発系知財教育のニーズにも応えられていない現状があります。平成18年度、19年度の実験協力校事業報告会においても開発系知財教育を行う教員からは、「標準テキストが商品開発を行う立場から知財教育の柱とはなりえない」、「商品開発をメインに据えた授業の中で、補足的に目を通しているにすぎない」との報告が寄せられています。

今後も続く知財戦略の中で、各高専で知財教育を積極的に取り入れていくのであれば、少なくともガイドラインとして知財教育の現場で学生に何を伝えるのか議論する場所が必要であり、そのきっかけとして知財教育を科目として位置づける時期にきているように思われます。少なくとも現状からすると、知的財産権の概要を学びながら、発明に結びつく力を身につけさせる知財教育のカリキュラムが今後必要となってくると考えます。

関連する論文

  1. 吉井千周(2009)「高等専門学校における知的財産教育の現状と課題-都城工業高等専門学校を事例として-」『都城工業高等専門学校研究報告』都城工業高等専門学校第43号,pp. 73-79
  2. Senshu YOSHII and Tanasin Yatsungnoen (2016) Possibility of Intellectual Property Right Education in Thailand, Journal of Business Administration and Languages, 4(2) 61-65 TNI

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  1. Senshu YOSHII (2011) Actualities and Issues of Intellectual Property Right Education in Japan, International Symposium on Advances in Technology Education, pp.41-48
  2. Tanasin Yatsungnoen and Senshu YOSHII (2015) Education for Technology Transfer in Higher Education, The 9th International Symposium on Advances in Technology Education, pp.71-75
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  2. Senshu YOSHII (2012) IPR Education Practice in Miyakonojo NCT, December 2012, 1st Japan – Thailand Friendship International Workshop on Science Technology& Technology Education, Hand-making Education, Engineering Education, Environmental Education 2012, Miyazaki University

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