海外邦人社会の生成と崩壊

日本人会の機能低下

2016-12-07 13.39.19 HDR.jpg1990年以前、海外在留邦人の生活情報は、新聞・書籍といったメディアの他、各国の日本人会によって支えられていました。特に日本人会は、永住者・駐在員を主な対象として、現地での生活を支え合う互助団体として日本人学校の運営、日本人墓地の運営、各種イベントの開催、会員間のコミュニケーションの促進など、日常生活の中心となる役割を担っていました。また、日本人会は大使館と並び非常事態発生の際に邦人保護の機能を持つばかりか、困窮者へのセーフティーネットへの役割も担っていました。
今日、かつて主流であった日本企業からの駐在員が増加する一方で、東南アジアの現地法人に直接就職する日本人が増加しています。また、ロングステイという形で退職後の人生を送るために生活をしている邦人も少なくありません。ところがこうした海外在留邦人は、かつて日本人会が提供していた情報を必要としません。フリーペーパーやインターネットなどを介して情報を入手し、必要最低限の生活さえできればよいため、日本人会の活動に積極的に参加する理由がないのです。
日本国内においてもすでにライフスタイルの多様化や貧困による社会の分断が生じているように、海外在留邦人社会もまた分断されています。日本国内同様もはや「日本人である」というだけで海外在留邦人の共同体を成り立たせることは難しい状況が生まれています。ですがその一方で、近年のテロ増加など緊急事態発生時には、たとえ日本人の共同体から距離を取っている邦人の保護のためにも迅速に情報を提供しシェアする必要性が生じています。
同時に海外で困窮する邦人数も増加しています、日本大使館の発表によると2013年から2015年の間に毎年平均約20名が孤独死で亡くなっています。邦人の中には、日本大使館領事部への在留届を提出していない者も多く、大使館でもその把握や海外在留邦人保護などのフォローアップには手がまわっていないというのが現状です。かつてのように日本人会に加入する海外在留邦人が多かった場合は、日本人会を中心としてその海外在留邦人保護を行い、相互扶助を行えれば良いのですが、今後はそうした手法も成り立たない可能性が強くなっています。
そこで着目したのが、 生活上を含む様々な情報媒体として、邦人社会で広く読まれているフリーペーパーと、吹奏楽などの趣味を媒介として形成された日本人会を介さないサークル活動です。

日本語によるサービスが多数存在するタイでは、タイ語はもちろん英語を満足に使えない日本人が、生活できる環境が構築されています。またそれに呼応するかのように、総合誌からスポーツ、日本芸能情報、子育て情報、はたまた風俗情報といった多種多様の邦字フリーペーパーが2016年現在で32紙発行されています。他の東南アジア諸国においても、日本語によるフリーペーパーが多数発行されており、商業誌以上に広く読まれている現状を見ると、日本人会に属さない海外の生活困窮邦人にとってフリーペーパーにセーフティネットに関連する情報が付与され、その一部は十分に機能していると考えます。
また近年東南アジア各地で海外在留邦人を中心にした吹奏楽団の創立が続いています。こうした吹奏楽団は、1)各地の邦人コミュニティ間で運営ノウハウが伝達され、2)各国日本人会同様に邦人の海外生活のサポートを担っている、という特徴を持ちます。在留邦人吹奏楽団のメンバーは、日本人会加入者/被加入者、駐在員/永住者/留学生を問わず多くの階層の人々が所属しており、在留邦人がその社会的立場によって分断されない組織であり実際にセーフティネットの機能を果たしていると言えます。

こうした海外フリーペーパーメディアと在留邦人吹奏楽団の活動を現地調査により分析することによって、非常事態発生時の情報伝達や、海外生活困窮者への支援手段として活用する方法を考察しています。

タイにおける研究の進展

これまでタイ国内の複数の研究機関で研究活動に携わり、少数民族の人権に関する研究を進めてきました。その研究過程において、タイで生活する少数民族集団としての日本人が、どのように自らのコミュニティを維持するかという問題に当事者の一人として深く関わることになりました。現在タイでは日本人会が縮小傾向にあり、また在留届を出さず、日本大使館とコンタクトのとれない海外在留邦人が多くいます。加えて生活に困窮した人々など日本人の共同体から離れて生活する多くの日本人の存在を多く知ることになりました。
その後タイ国内の在留邦人吹奏楽団に参加する中で、日本人会・大使館といった日本人の共同体から外れた人々が、日本人会に入らずフリーペーパーを中心とした情報収集によってネットワークを形成していることを認識しました。こうしたコミュニティは日本人会以上に細かな生活情報を共有し、セーフティーネットの一部として機能しています。実際に2015年のバンコクでのテロ発生時には、多くの生活情報がこうしたコミュニティによって共有され、日本人会の存在意義は当然今日でも揺らがないものの、趣味サークルが日本人の共同体から外れて生きる人々のセーフティーネットとして有効に機能する可能性は高いと考えます。

また、本研究は社会学的な学術的関心から構想を得る一方で、時代的要請の高い研究であるとも考えています。本研究が扱うテーマは、テロなどによって海外邦人の危険性が高まり、加えて海外で生活に困窮する日本人が増加する今日、海外在留邦人保護の視点でも緊急に対応すべき意義の高い研究課題であると考えています。

本研究構想の意義

本研究の意義は、何よりも「海外における邦人のセーフティネット」として、現地フリーペーパーと趣味のコミュニティの役割を再考し、日本人の共同体から離れて生活する人々の一助となる点にあります。複雑化する国際情勢及び日本社会の中で、邦人保護について有効な手段の一つを提言することができると考えます。またそれ以外にも以下の学問的貢献ができると考えています。

1 これまで海外在留邦人コミュニティに関する研究としては、タイを中心に、ロングステイヤーの研究、駐在員邦人ビジネスマンの行動に関する研究等が存在しています。それは社会学・人類学・観光学・公衆衛生などの分野から議論されており、それぞれの研究が高い水準にあることは間違いありません。しかし、これらの研究活動では、現地ロングステイヤー団体や駐在員の事が中心になっており、日本人の共同体から外れて生活している人々の事はあまり取り扱われていないのが現状です。本研究はそうした、日本人共同体から外れて生活している人々のセーフティネットに関して研究の俎上に載せています。東南アジアにおける邦人保護の手段の検討は、それらの国々だけでなく、日本国内の貧困問題などにもフィードバックできると考えます。さらに、その切り口として、これまで先行研究のない邦字フリーペーパーメディアと吹奏楽団に着目したことは、本研究のオリジナリティを更に高めていると考えています。
またこれまで吹奏楽については、主として音楽学・教育学によって研究が行われてきました。吹奏楽についての社会科学系の研究では、「演奏する主体」に着目し、演奏者としての行動様式に言及した研究が散見できます。しかし、吹奏楽の場合はその演奏形態から「演奏する共同体」という分析枠組みで捉えることもまた可能であると考えるのが本研究のオリジナリティの一つです。日本でも盛んとなっている吹奏楽をめぐる研究においても学問的に貢献できると考えます。

関連する論文

  1. Senshu YOSHII (2016)Divided Community by Information Media: A Case of Japanese Community in Thailand, Journal of Business Administration and Languages 4(2) 48-52 TNI

関連する学会報告

  1. Senshu YOSHII (2016) Divided Community by Information Media A Case of Japanese Community in Thailand, the International Conference on Business and Industrial Research 2016, Thai-Nichi Institute of Technology.
  2. Senshu YOSHII (2016) Japanese Community Imagined by Free Information Magazine in Thailand, การประชุมวิชาการระดับชาติ, “มนุษยศาสตร์: ความจริงกับพลังแห่งความฝัน” (Humanities: Realities And Power Of Dreams), Chiangmai University

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