住民運動とリスク認識

「迷惑施設」の誕生とリスク

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2015年台湾で撮影。2011年以前から台湾でも反原発運動はありましたが、これもまたフクシマをきっかけに「迷惑」が発見され、住民がリスクを認識するようになったケースの一つと言えるかもしれません。

1998年の新潟県巻町で行われた劇的な住民投票を皮切りに、現在行われている住民運動の多くが、住民投票条例の制定を指向するようになっています。かつての住民運動の持つイメージは、革新政党とその賛同者である運動家による特定の地域で起こる社会運動としてのものでした。ですが、今日そのようなイメージは完全に一掃され、誰もがその当事者となる可能性がある地域に居住していることを認識しなくてはなりません。
しかしながら、たとえ住民投票条例を制定することに成功した住民運動であっても、こうした直接請求型の住民投票の多くは、議会での決議を通ることができず、投票実施までこぎ着けることのできる運動は、議員提案、首長提案、直接請求を含め10%にすぎません。この数字を多いと見るか、少ないと見るかは論者により様々でしょうが、住民投票を指向するほとんどの住民運動は、住民投票条例を制定するに至ったいくつかの幸運なケースを除けば、「住民投票を行う」という運動の目的が決して達成されたわけではありまえん。もちろん、住民投票条例を制定するに至った、新潟県巻町、岐阜県御嵩町、沖縄県といった住民団体の活動を過小評価しているわけではなく、たとえ住民投票条例が制定されなかったとしても、その地域にあるイッシューを広く世間に知らしめたというだけで、その運動自体には十分に存在価値を認めることができるといえるでしょう。しかし、今日にいたってももろもろの住民運動において住民投票条例制定という手段がとられつづけているのか、という問いは残されたままです。
こうした住民投票の実施数を考える際、注目すべき現象が一つあります。それは条例制定型住民運動が争点としているイッシューが「迷惑施設」と語られる事が多い施設群との間に重複が見られているという点です。語義通りとるのであれば「迷惑施設」とは「迷惑な施設」に他ならず、それ以上の意味はありません。ですが、その後ありとあらゆる施設(ゴミ処理施設、大学、助産施設、病院、自衛隊など)に「迷惑施設」という用語がネーミングされるようになりました。1985年には、新聞紙上に初めて「迷惑施設」の用語が青森県六ヶ所村に建設予定の核燃料サイクル施設を表現する言葉として登場します。そしてそのほとんどがそれ以前は「迷惑であると受け止められていなかった施設」であるという事実は注目に値します。
「迷惑施設」は、その存在がアプリオリに「迷惑な施設」として存在していたのではなく、「迷惑」と呼んで良い、という社会環境が整い、初めて「迷惑施設」へと変わります。そしてそれは住民によるリスク認識への第一歩なのです。

法化(Juridification)と住民運動

412431_426384127414414_500032973_o.jpg2011年3月の大震災の後、被災者(特に自主避難者)の立場などを考えると、私たちはまだまだ「リスクを語ること」から疎外されている多くの事例を見ることができます。近代化が押し進められる過程において、政府主導によって実施される地域開発は、国力を高めるという目的を重視するあまり、政治的弱者(特に地方の貧困者や少数民族)の権利侵害を多々生じさせるものとなっています。それは、水俣の水銀被害や原発建設地域などに顕著です。これらの開発による権利侵害が社会問題として認識されるプロセスを法社会学では、(1)被害者間で権利侵害が行われていることの認知、(2)被害者間での運動体の組織、(3)社会の他の成員に対するアピール、という段階を経ると捉え、多くの先行研究が出されています。こうした旧来の研究の延長上で、特に(1)-(2)の過程に注目し、「人々の権利を守る目的で作られた法制度が、逆に人々の権利を阻害する要因となっている」(特に「法化(Juridification)」と呼ばれる)という事象を、国内外の事例をもとに複数のフィールドで分析してきました。「科学的なバックボーンがない」というだけで退けられたこれまでの多くの公害罹病者の事例は枚挙にいとまがありません。また女性・子供・老人・少数民族であるという理由で、主張が受け入れられずに放置されているリスクも多数存在します。
自らに降りかかった事象をリスクとして受け止めるか(又はそれを拒否するか)、そのリスクを社会がどのように受容するか(又は拒否するか)という、一連の社会の動きは、政策論としてマクロに扱うことばかりではなく、ときにミクロに扱うことにも意義があります。そして、できることならそのミクロからの視点をいつも第一に考えていきたいと思っています。

関連する論文

  1. 橋爪健郎,高橋誠,青木幸雄,武富泰毅,吉井千周(1998)『原発から風が吹く』南方新社、全298頁(分担)pp.249-295 (担当部分:「市民不在の原子力発電所建設過程」と「川内原子力発電所関連年表」)
  2. 吉井千周(1998)「原子力発電所建設における住民運動の変容」慶應義塾大学、修士(政策・メディア)
  3. 吉井千周(2008)「住民投票条例制定型住民運動と「迷惑施設」の誕生」『都城工業高等専門学校研究報告』都城工業高等専門学校第42号,pp.59-69
  4. 吉井千周(2011)「地方における公共空間の再構築とコンビニエンスストア」『都城工業高等専門学校研究報告』都城工業高等専門学校第45号,pp.69-76
  5. 橋爪健郎,高橋誠,青木幸雄,武富泰毅,吉井千周(2012)『九州の原発』南方新社、全322頁(分担)pp.249-295 (担当部分:「市民不在の原子力発電所建設過程」と「川内原子力発電所関連年表」)
  6. 東賢太郎,市野澤周平,木村周平,飯田卓編著、碇陽子,新ヶ江章友,西真如,松尾瑞穂,松村直樹,吉井千周,渡邊日日共著(2014)『リスクの人類学 不確実な世界を生きる』世界思想社、全335頁(分担)pp.176-195 (担当部分:第6章「リスクを予測する困難:「迷惑施設」の展開」)

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