近代法制度におけるマイノリティの固有法と法化現象(科研費国際共同研究強化)

平成27年度文科省科学研究費補助金[国際共同研究加速基金](平成28年度)課題番号15KK0105「近代法制度におけるマイノリティの固有法と法化現象(国際共同研究強化)」

現在採択されている科研費の研究内容及び進捗状況

申請者はこれまで、現在採択されている科研費研究において、以下の研究を進めてきた。

1996年以降、タイにおいての山地民政策が変更され、司法制度を含むタイ近代法制度が山地民にも徐々に適用されるようになった。申請者は、これまでの研究において、司法制度の利用が山地民の権利を萎縮させる方向には機能しても、権利を拡大する方向には機能していないことをあきらかにした。そこでは法による社会への規制的介入が、a)介入の実効性そのものを欠けさせるものとなり、b)社会に分裂的結果をもたらし、c)規制立法自体の分裂的結果をもたらすと結論づけた。また、経済的に成功を納めたモン族の村々はNGOからの援助の距離をおきはじめつつあり、村内で生じた土地問題や離婚問題に関してタイの司法制度を利用することは少ないことを明らかにした。このことの帰結は重大で、たとえマイノリティの固有法に配慮の行き届いた法制度が整備されたとしても、制度そのものが有効に機能することは難しいことを示している。いわゆる「法化(法のシステム化)」現象の発生が、マイノリティを法制度から遠ざける機能を果たしてしまっている。「どのようにしてマイノリティの固有法に配慮した法制度を構築するか」という問題設定と同時に、「法制度が、どのようにすれば法化現象を起こさずにマイノリティに利用されるか」という視点からの分析も必要となっている。

そこで、申請者は以下誘拐婚(kidnapping Marriage)をめぐる二つの事例分析をフィールドワークによって行ってきた。「誘拐婚」とは12歳から14歳の女性を、男性の家に3日間滞在させることで婚姻が成立するモン族の固有法による婚姻である。かつてラオス・タイのモン族間で行われており、かつ一部コミュニティでは現在でも行われている慣習婚の一形態である。

i)タイのコミュニティにおいておこなわれる誘拐婚について、2001年以降の事例をフィールドワークによってあつめ分析を行った。タイの国内法において、誘拐婚は違法行為となる。だがその実施に関しては、山間部での巡回裁判所の未設置や山地民の言語の裁判での使用が認められないなど、タイ語を話す機会を持てず経済的に弱い立場にある女性には法制度の利用が難しい状況にある。またモン族の居住地域では、村長が率先して誘拐婚や複婚を行っているケースもあり、現在でもモン族男性の権力の象徴として機能していることが多い。こうした現状は、マイノリティの固有法が近代法と併存する形で運営されていると見ることもできるが、タイ語リテラシーを有しない女性達には自らの権利侵害を主張できる環境が十分に整えられていないとも言える。当該研究については、モン族の意識変化のきっかけとなったITCを用いたモン族のネットワーク形成史、オーラルヒストリーによるモン現代史、タイの山地民政策史を発表した。

ii)アメリカのモン族コミュニティ内で行われている誘拐婚について、1986年のミネソタ州の誘拐婚、2010年のミルウォーキー州の誘拐婚をコミュニティ内部での聞き取り調査を行い分析を行った。言うまでもなくアメリカにおいて誘拐婚は、誘拐罪、強姦罪などの罪に問われる。そのため、アメリカのモン族コミュニティ内部では誘拐婚及び、未成年者の婚姻・複婚がコミュニティ内部で秘密裏に行われてきた。アメリカのようなすでに近代国家として熟成された法体系を有する国々において、移民という政治的な立場が弱いマイノリティはその法体系に無条件に服従せざるえない。そのためアメリカのモン族は、自らの民族的アイデンティティを維持するために、アメリカ国内で違法行為であることを知りながらも、あえてその危険を冒しつづけなければならない。

iii)これまでの研究過程については、博士論文として、また科研費中間報告書として発行した。

現在採択の科研費研究を発展させた今回の研究目標と研究計画

これまでの研究成果により、a.成熟した法制度と法体系を有するアメリカのコミュニティ内部ではモン族の誘拐婚はひた隠しにされる一方で、法制度が整備中であるタイ国内では誘拐婚がオープンにされながらも当事者の女性が法制度にアクセスできなくなっている、という現象が生じている。さらにこうした現象は、(1)文化的マジョリティの側がマイノリティに向かって、正当性/正統性をもって自らの法体系に服従することを命令できるのは、いったいどのような性質の事柄までなのか[近代法体系における固有法の再設定]、(2)近代法体系ををどのようにしたらマイノリティが利用するようになるのか[近代法体系で生じるマイノリティの法化現象の克服]、という新たに2つの問題として設定することができると考える。

しかし、現在採択の科研費研究では、特に時間的な制限のため長期フィールドワークが不可能であったため、ケース分析のための時間を十分に確保できなかった。またそうして得られた調査結果を吟味し、他の研究者と議論するための時間を十分に得ることが出来なかった。特に2015年8月末にバンコクで生じた爆破テロ事件の影響で当初予定していた研究者間の国際ワークショップが2つ中止になったために、研究が停滞してしまった。加えてこうしたタイのケースについて、どのように他国や他民族の事例と比較/検討できるか十分な時間も機会も得ることができなかった。

そこで、今回の国際共同研究では、バンコクに拠点を置きながら長期フィールド調査をくり返すと共に、そうして得られた調査結果を絶えずCUSRIの研究グループとシェアし、検討することを通してフィールドワークを行いたい。そのために具体的な研究期間は4月から翌年3月であるが、この間のチェンマイへのフィールド調査を3ヶ月単位と設定し、フィールド調査の手法を共同研究者と修正しながら今回の国際共同研究を行いたい。

(1) 近代法体系における固有法の再設定

まず本問題を解明するにあたって、各国でマイノリティにどのような法制度支援が行われているか考察する必要がある。それは単に法制度を文献調査に頼って分析するだけでなく、各コミュニティに入って、人々がどのように近代法制度を受け止めているのか、参与観察をベースにして微視的視座から調査することで、この課題が解明されると考える。本研究期間中に、両国のマイノリティへの法制度支援の現状を調査すると共に、モン族コミュニティにおいて彼らがどのような情報ネットワークを形成し、加えてなぜ近代法制度を利用せずに問題解決を行うことを選んでいるのか解明する。

(2) 近代法体系で生じるマイノリティの法化現象の克服

同時に、近代法体系による解決策を選ばなかった/選べなかったマイノリティの行動について、法化論をベースにして議論する。「法化」は「日常生活のすべてが法によって再解釈されることを前提として、来るべき裁判所での紛争処理のために準備しなければならない社会」と定義することができる。マイノリティが近代法を利用しない原因として、法制度の不備やマイノリティのリテラシー不足だけでなく、法化現象の発生がマイノリティに法制度へのアクセスの困難さを生じさせていると考える。日本国内では「法化」現象については樫沢による(樫沢:1990)を筆頭に多くの理論的な研究の蓄積がなされ、日本および先進国各国での事例研究も出そろいつつある。だがマイノリティが近代法制度の中で生じさせている法化現象については国内はもちろん世界でも事例研究は皆無である。本研究では、近代法制度の中にいるマイノリティの法化現象を解明することも研究目標として設定する。

3 国際共同研究の実施に向けた準備状況

本研究の実施については、すでに今回の国際共同研究において、チュラロンコン大学社会調査研究所での客員研究員のポジションを内諾済である。また同時にタイ北部を中心に山地民の生活改善を目的として活動するNGO、Bahn Ruam Jai Project(BRJ)においても共同研究を実施している。

PAGE TOP