musicaを訪ねて

この三連休の間に、延岡、臼杵と一泊二日の小旅行。

延岡では、延岡カトリック教会と、遠藤周作のエッセイにも登場する「無鹿」を回ることが目的。延岡カトリック教会では偶然司教様のミサが開かれており、タイでの援助活動について軽くプレゼンテーションを行う。この詳細は今はまだ書けないことも多いので後ほど。

「無鹿」は、遠藤のエッセイで知ったのだが、キリシタン大名として名高い大友宗麟が宣教師のミサ曲に感動し、そのmusica(ムジカ)という名前を与えたという土地。現在はそんな面影を残すものは何も残っていないのだが、「無鹿」と書かれた地名表記の場所を回るだけでも心落ち着く。

それから大分県臼杵市に向かい、石仏と隠れキリシタンの史跡を二箇所見て回る。

臼杵の石仏はもうかれころ20年ほど前に平和学会のついでに来たことがあった。そのころは、石仏の頭は修復されておらず大変哀しそうな風景であったが、今回はすべて修復された後であった。まさか伴侶とこうして来ることになるとは思っておらず感無量。

また臼杵は大友宗麟によって開かれた町でもあり、そのあとのキリシタン禁止令が出てからもしばらくは隠れキリシタンが潜伏していたとのこと。春の連休で訪ねた長崎に次いで、ここでも隠れキリシタンの史跡を巡る。ただ目的地の一つである「カクレキリシタン地下礼拝堂」が見つからず(ネット情報でもさっぱりわからないままだった)、かつてはあったという案内板も現在はなくなっていたため探すのに少々手間取る。そのため夕方近くまで探し続けたのだが、部落の方に訪ねやっとのことで私有地の中にある縄文期の竪穴式住居を改造した礼拝堂にたどり着く。ごくごくまれにしか見学者もこないということで、また隠れキリシタンの礼拝所らしく、なかなか見つからない山中の遺跡。かつての信徒達がどのような思いでここで礼拝していたのかと、妻と二人でしみじみとするのだった。

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礼拝堂の入口。

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