50歳を前にして

詳細は書けないのだが、昔とてもお世話になった先生のお一人に「独り立ち」できているところをお見せすることができた。

かつては、二日に一度しか食事を(それも食パン一枚とか)取ることができず、高卒後就職した自分が、一人前に食えるようになったことを、タイミング良くお見せできた。

この感覚をなんとたとえて良いかわからないのだが、これまでの僕の人生は、本当に偶然の賜で、同世代の研究者には就職もままならなかった多くの方々がいる。個人的な努力とは関係なく、もうこの規模で博士課程修了者が報われないというのは、国策の失敗でしかない。この業界の現状はとても辛い。

「自分のようにはいかなかった」多くの方がいるのだといつも思っている。

僕がこうして、日々の糧を得られているのは偶然なんだと思う。

自分の力だけで、こういう生き方ができていると思わないこと。慢心しないように。

そして、自分の祈りの浅さが、様々な形で現れ、まだまだ自分を苦しめているということを忘れないように。

現状に「満足」しないこと。「成し遂げた」などと思い上がるのではなく、自分に与えられた仕事をきちんとこなしているか問いかけること。

自分がもっと活動できる環境にあるにも関わらず、行動できていないことを省みること。例えば僕がどれだけ安全な場所から言葉を投げても、タイの子ども達、ウクライナの子ども達、原発事故で土地を追われた人々、そのほか多くの人々が苦しんでいるままであることを忘れないこと。

ともすると自分の力で物事を成し遂げた、などと思い上がらないこと。自重すること。

そして、「神を畏れる」ということ。

僕はそういう世界観で生きて生きたいと思う。

今年50歳を迎えます。「天命を知る」この年齢ですが、「自分の天命はこれだ」などと思い上がらないように。

主の平和。

都城工業高等専門学校准教授(法学)

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