私の愛器!紹介します!その①(まちおん連載8回目)

コアロハウクレレ

「私の愛器」というお題をいただく。通常は僕は(もちろんアマチュアの)「トロンボーン奏者」として、あちこちに顔を出している。本来ならば自分の愛するトロンボーンを紹介したいのだが、それよりも先に時折しかつまびかないコアロハのウクレレを紹介したい。型番はもはやはっきりせず、単に「コンサートソプラノウクレレ」としか言いようがない楽器である。

この楽器との出会いは本当に偶然だった。2004年、僕は右腕、特に中指、薬指、小指そして手のひらに障害が残った。帰国後は大学病院にリハビリに通っていた。リハビリは極めて単調なもので、それが大切な事だとわかっていても博士課程を終えて職のないうらぶれた僕には退屈なリハビリの先に自分の人生も全く見えなかった。そうとうに腐っていたと思う。

そのころリハビリ担当の医者からギターを勧められ、自分の人生が本当にだめになってしまうという精神状態ぎりぎりのところで、その勧められたギターを購入するために楽器屋に向かった。なけなしのお金で、ガットギターを買うつもりで試し弾きをしたのだが、だけど僕の指ではどうしてもアルペジオが弾けなくなっていた。スリーフィンガー奏法などもそりゃぁあるのだが、結局指だけでなく右手全体にしびれたような感覚がずっと残っているため、早く動かすことも、腕を固定することも難しい。「ギターも無理じゃんか」と購入をあきらめ、帰宅の途につこうとしていたところ、棚に飾ってあった一本のウクレレに目がとまる。店員さんが、すかさず「こちらのウクレレいい音がするんですよー!」と勧めてくる。それまでも安物のウクレレを時にぽろろんと弾いていたのだが、試しにと思って弾いてみたところ、澄み切った音に惹かれて予定の額を遙かに超える金額で購入した。即決だった。当時は33歳で、収入はバイトのみだというのに、よくもまぁこんな高い楽器を買ったものだと思う。弦の間隔も僕の曲がらない薬指と小指の障害に丁度よく、ギターよりもしっくりした。何より、ギターより音が大きすぎず、弦が多すぎないのが丁度良かった。それ以来15年を超えて相棒となっている。

その頃よく弾いていたのは、つじあやの「あの子のしあわせ」という曲。その歌詞が行き場の無かった僕を救ってくれるようで、三十路の僕は、ぽつんぽつんとアパートで口ずさんでいた。

 はなうたまじりのあの子の夢
 どうかかなえて
 神様にお願いいたします。
 僕の命もかけて
    つじあやの(2002)「あの子のしあわせ」

https://www.uta-net.com/movie/57761/

たったこれだけの、一分にも満たない短い曲なのだが、社会のどこにも身の置き場がないことを感じていた僕には救いのようなメロディーと歌詞だった。僕らの年代はオーバードクターの貧困化(博士課程を修了しても職がない)が明らかになってきたころで、文科省はそうした事実を認めずに、同じように行き先のない博士が大量に生み出された頃だった。そんな行き場のない、博士課程を終えようというときに何もかも失った僕には、ウクレレが手元にあったことが本当に良かった。これがもしエレキだったらアンプにつなげて大音量で忌野清志郎のように叫び、フォークギターだったら街角で尾崎のように力強く歌っていたかもしれない。

だが、ウクレレには怒りをぶつけようがない。どんなに強く弾いても
「ぽろろん」
と楽器は返してくれるばかりで、のれんに腕押しなのである。
「ぽろろん」
と、怒りが静まる。弾き語りする声もどことなく
「ぽろろん」
という声になる。この力の抜き具合がとても良かった。
※ジェイク・シマブクロとかのスーパープレイヤーとかは別です。

コアロハのウクレレに出会ってなかったら、命を落としていたような気さえする。音楽がやさしく寄り添ってくれたおかげで、自分を見失わずに済んだし、その後の様々な選択でぶれることがなかった。結果、僕はこうして都城で職を得て働いている。

それから何台かウクレレ以外の楽器を買ったけれど、こんな幸せな出会い方ができたのはコアロハウクレレだけだった。バンドを組んでいるわけでもないし、ときどきケースからだしてつま弾いてみたり、またかつて顧問していた合唱部の後ろで「ぽろろん」と弾くぐらいのものだった。今はそうした演奏の機会もないけれど、時折1弦のA(ラ)れをぽんとはじくだけで、いつもカラっとした音で、僕を遠い世界に連れて行ってくれる。何かと生きにくいこの時代に、現実逃避したいときに時々ケースを開けて「ぽろろん」と音を響かせることで、平常心が保っていられる。このウクレレは頻繁に演奏するわけじゃなく、ましてやステージで演奏することもないんだけれど、手放せない。

そんなわけで、当方の研究室からウクレレの音が「ぽろろん」と聞こえてきたら「吉井先生は心が弱っているんだな」と、優しく見守ってやってください。