鴻上尚史『不死身の特攻隊』

鴻上尚史(2017)『不死身の特攻隊』講談社現代新書、読了。

本日は自宅にてのんびり過ごし、溜まっていた新書を数冊処理。午後の時間を全て費やして読み倒す。

鴻上尚史のこの『不死身の特攻隊』は、発売された当時に手に取ろうと思っていたのだが、気がつくと4年の時間が過ぎてしまっていた。陸軍の第一回の特攻作戦から9回(<この数はいろいろと解釈のしようがあるが、そこは問題ではない)特攻命令を受けながらも生き延びた元特攻隊員のライフヒストリー。そして先の戦争の正体だけでなく、日本社会がなぜあの特攻作戦を受け入れてしまったのかを鋭く描く。

「命令した側」と「命令された側」の立場の違いは明白だ。しかし、私たちの社会では、命令した側への批判が「しかたなかった」という言葉で、「貴い犠牲」への誹謗として批判される。それがたとえどんなに無謀なことであってもだ。

鴻上は

「あの時は非常事態だった、異常の状況だったから、異常の措置を取ったのだ、という言い方で特攻を弁護する人は多いです。」(p.268)

と述べた上で、小沢郁郎『つらい真実 虚構の特攻隊神話』同成社から、引用された厳しい批判を紹介する。それが本当に「そのとおり」としか言えない的確かつ正確無比な批判なのだが、コロナ、原発事故自主避難者、オリンピックをめぐる昨今のあれこれの報道に当てはまるように思えてならない。

いつか「あの時は非常事態だった、異常の状況だったから、異常の措置を取ったのだ、という言い方」で、コロナのこと、原発事故による自主避難者、オリンピックを弁護するようになるのだと思う。

特攻を礼賛した日本社会は残念ながら、今も変わっていない。

都城工業高等専門学校准教授(法学)

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