研究で悩む

4輪駆動のトラックで山道に揺れること5時間。まさに「道なき道」を進んで、やっと調査地にH村に到着。これから、ここで毎日過ごすんだー、と感慨深く周囲を見渡す。

一言で言えば「貧しい」村で他に形容しようがない。年収は、上下の幅があるものの、貧しい層で7,000バーツ(約21,000円)だと言う。以前知人から、年収5,000バーツの村の話を聞いたことがあって、それはそれで大変驚いたが、こうして、目前に広がる村がそうであることを知ると、また驚きが違う。以前通っていたP村と異なり、また格段に貧しい。

村長の好意で、村の小学校の教員宿舎の2階部分を借りる交渉がまとまる。電気代とガス代の折半で、宿代は無料という好条件。そして、言われたことはまぁ予想はしていたがセンセーショナルな内容であった。まぁ、研究の幅は(表向きには)かなり制限されるということで、夜間の出歩きも禁止。僕に許されるのは日中は村の一部の領域のみと、日没後は両隣の商店と村長宅だけ。一瞬聞き間違いかと思ったが、本当の様だ。そして、最終的な判断として、この日は追い返されてしまうことになる。チェンマイ県の県知事の査証を持ってこい、とのこと。そして、もときた道を5時間かけてまた戻る。

山道を降りたところにある街の一部屋で、あまりおいしくないインスタントコーヒーで夕食をとりながらいろんなことを考える。バンコクの我が家の快適さ、そうそうコーヒー豆からひいたコーヒーなんて村では飲めないだろうし、インスタントコーヒーにしても無理そうだ。パンなんてとても食べられないな、とか。こうやってまで、なぜ僕はモン族にこだわるのか。とっととこんなところ(そう、僕には未だに「こんなところ」という意識が確かにあることを否定できない)を出ていって、日本に帰りたいとも思う。日本に帰ったところで借金以外に何かあるわけじゃない。でも「帰りたい」とも思う。

博士論文のテーマとしてモン族を選んだ時点で、僕の心の中には、「できることなら避けたい」という思いが強くあった。僕はこういうところで生活できるような体力を持ち合わせていないことだってよく知っている。タイに来てからの1年半で、すでに5回の入院をしているなんていうのも、どうかしている。そして同時に、僕の書く文章に力がないこともよく知っている。仮に僕が博士論文を書き上げたとしても、図書館の隅で、ほこりをかぶったまま忘れ去られてしまうことがオチであることもよくわかっている。すべては「博士論文」という自己満足のためだ。それを否定できない自分がいる。

モン族の人々の生活を変えたい。BRJにやってくる子供達の生活を変える努力をしたい。僕の書く文章が少しでも彼等の生活を変える術になってくれればどれだけ嬉しいだろう。

クリスチャンとしていうならば、僕がここにこうして「いる」というのは、それだけで神の意志なのだろう。ただ、こういう自分を受け入れられる用意がまだ十分ではない。今僕が祈るのは、自分自身のためであることが多い。

同じような問いを『深い河』に登場する大津神父も抱えている。何のためにベラナシで死にゆく人々をカトリックの司祭である自分が背負って河まで連れていくのか。

ただ、大津は死んでいった人々の意志を受け継ごうとしているという点でそれには意味があるように思う。しかし僕はそのような誰かの代弁者、「代わり」として自分が振る舞えているか自信がもてない。僕の手段でそこにいる人々の何が助かるのだろうか。ここにいて、自己満足の論文を書くことは彼等の意志をついでいるか、それについて自信がない。むしろ割り切って、「博士論文の為」と、考えることができたら、どんなに楽だろう。

こういうとき、僕ははっきり言えば「逃げて」いる。神に祈る、という方法で「逃げる」。そしてそうやって「逃げる」ことさえも僕には楽な手段ではないのも事実である。病院のベッドの上で、盲目的に「神」を信じることができればまたどんなに楽だろう、「神が僕を使わしてくれた」、と思いこむことができればどんなに楽だろう、と思わずにはいられない。

神様どうか、僕に力をください。

あなたが僕に使わした使命をうけいれる力を、そして自分をうけいれる力をどうか下さい。

この文章を閉めるにあたって、もう一回、僕は「逃げる」ことにする。こういう祈りで閉めるのは、なんの解決にもなっていないことをよく分かっている。ただ、今はそういう問いだけを発して、筆を置こう。そして、このページを訪れたあなたが、やはり数年たってモン族の村について文章をまとめた、いやまとめきれなかった吉井がどのようにこの問いに答えたか、判断してくれればと思います。

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