鹿児島県立楠隼中学校・楠隼高等学校の創設について

当初Facebookのみで公開していたのですが、学校関係者の方々から、「これはオープンにしたほうがよいのでは」とか「コピペしても良いですか」というリクエストを受けたので、Facebook以外の方にも読めるよう自分のHPに貼っておきます。

これでも言いたいことの半分も書いていませんが、楠隼を進学先に考える学生や保護者の皆さんの選択の際、考え方の一つとしてうけとめてもらえればと思います。

8月12日付の南日本新聞記事によれば、来年度新設予定の楠隼高等学校の志願者は振るわないらしい。

公立49高校が定員割れ 鹿児島県進路希望調査
(2014 08/12 23:00)
鹿児島県教育委員会は12日、2015年3月に卒業する国公立中学校3年生を対象にした進路希望調査結果を公表した。前年度に生徒を募集した67公立高校のうち、定員を下回ったのは49校に上った。来年度開校する楠隼は定員60人に対し、志願者は12人にとどまった。

鹿児島出身者としては、極めてマトモな判断を保護者と受験生がしたのだろうと思うと少しほっとした。というのも、僕が親だったら、楠隼にだけは子どもを進学させてはいけないと思っていたからだ。

この楠隼高等学校(以下楠隼)は、もともとあった鹿児島県立高山高校が2014年度を持って廃校になるのをうけ、その跡地に作られる中高一貫教育校である。九州では公立宮崎県の五ヶ瀬中等教育学校が成功し、注目をうけたことから、鹿児島県でも同様の学校が企画されたものと思われる。また鹿児島県内には進学校として名高い私立の中高一環教育が売りのラサール学園もあることから県教委としては、意地もあったのだろうと思う。WIkipediaの記述によれば、「鹿児島県では初の公立全寮制男子校であり、東京都立秋川高等学校が2001年に廃校して以来15年ぶりに全寮制高等学校の復活となる。」とのことらしい。またJAXAとの提携による授業をとりいれた中高一貫校ということで、設立プランが発表されたときは、鹿児島県だけでなく九州全域でも大変なニュースとなった。

すでに昨年から開催されている学校説明会は、鹿児島県だけでなく宮崎でも開催されている。全国から学生を募集するとのことで、現在勤務する都城高専は、楠隼高等学校とさほど遠くない距離にあり、特に鹿児島県曽於市の学生は都城高専に進学する学生が多いことから、この地域での理系志望の中学生の奪い合いが生じるのではないかと思えた。学内の教員の話題も「楠隼は高専と競合するのだろうか」という会話が学内の各所で聞かれた。

そんなわけで、高専で働く一教員として当方も非常に興味を持っていた学校だった。偶然にも昨年プライベートで宮崎市内に出ていた際、宮崎市内で楠隼高校の説明会が開催されており出席してきた。校長赴任予定者の話を中学生に混じって聞き資料を頂いた。

そして(僕が「競合する」高専の教員だからではなく)「こんな学校に、自分が親だったら通わせたくない」という感想だけが残った。こういうことを書くのは同業他社だからではない。「教育」というもののとらえ方が楠隼中高は教育機関とは思えないほどぶっ飛んでいるからだ。

※なお、その時配られた資料は、現在配布されているパンフレットと変わらない。気になる方は以下の僕の文章を読まず、先入観無しにゆっくり読んでから、戻ってきて下さい。
また古いパンフレットと見比べるともっとこの学校の方針がわかります。

いろいろ言いたいことはあるのだが、3つに絞りたい。

1 リーダー養成
2 全寮制男子校
3 鹿児島を強調した教育

というこの学校の三つの売りについてだ。教育機関というよりは強制収容所と呼んだ方がすっきりする。

1 リーダー養成

この楠隼高等学校のパンフレットの中にやたらと登場する言葉が「リーダー」だ。例えばこんな感じである。

p1.冒頭「世界を見通すリーダーを育成するための課題研究等を展開し、」
p1.校訓「叡智・・・情報化や国際化の中で課題を解決していくリーダーとなれるよう」「至誠・・・志をもって学び行動しながら、自らの偏見にとらわれず、他者の立場や痛みを理解できる広い見識を持ち、将来社会の様々な場面で真のリーダーに不可欠な精神の基礎」
p2.校名由来『将来の人生や社会をしっかりと見通せるリーダーとしての資質をもつことを象徴」
p2.制服のコンセプト「次世代のリーダーとしての貴賓が伝わり、地域や県内外の人々から親しまれるもの」
p3.特色ある教育活動「トップリーダー教室」
p4.冒頭「本校では、世界を見通すリーダーを育成するための教育、さらに・・・」

五ヶ瀬中等教育学校も、進学校として名高いラサールも灘校も麻布も開成だってこんなことは書かない。

はっきり言えば、「楠隼7スタイル」という文言に集約されているとおり

p.1 「一人ひとりの夢を育み難関大学への道も拓く」

ことが最大の売りなのだろう。

※実際に学校説明会でも同様の説明がなされたことを、ここに書き加えておきます。

そういう価値観で学校を作ることについて、個人的には下品だとしか思わないが、県教委やラ・サール高出身東大法学部卒の伊藤知事といった方々と見解が異なるというだけのことなので、それはそれで構わない。だが、説明文に何度も登場する漠然とした「リーダー」という言葉で何を表したいのか。それがまったく見えてこない。「難関大学に多くの進学者を出した」ことが「リーダーの輩出」になるというのでは、まるでバブル期のメンタリティを引きずった「○○人の学生を難関大学に輩出した」ということを自慢するだけの(下品な)発想だと思う。

そして仮に親の意思ではなく「リーダーを育成したい」と思うこの学校の教育方針に賛同し、集まった「将来リーダーになりたい」という15歳、12歳からなる社会集団は、かつて多くの問題を引き起こしたあの宗教団体と何ら変わらないと思う。極度のエリート思想が周囲を不幸せにした事例を我々は何度も知っているはずではないのか。

「リーダーになりたい」というのは個人の思想だからかまわない。個人的にはこういう「選ばれた人間」の裏には必ず「選ばれなかった人間の不幸」があると考えるタイプなので、少なくとも僕は気にくわないだけだ。事実楠隼の創立は、他の高校の学科削減・定員削減とセットで行われる。

平等主義とかヒューマニズムとか、そんなこととは違う。「リーダーになりたい」と考える業の深い集団が「リーダーになる」というのは百害あって一利無しだと思えてならない。まぁ単に「リーダーではない」僕には理解できないだけなのだろう。

そんなわけで、進学を考えている方々は、鹿児島県のリーダーである伊藤知事が行った数々の政策(特に失策)を思いだし、中高一貫校がリーダーとしてふさわしい人材を育成するかどうか、考えてみれば良いと思う。

「伊藤知事のような『まれにみるすばらしい』リーダーになりたい」方はぜひ楠隼へ。

※なおリコール運動が起こるほどの伊藤知事がどれだけすばらしいリーダーなのかは以下のリンクなどを見るとよくわかる。
伊藤鹿児島県知事 リコールつぶしで露骨な圧力

2 全寮制男子校

百歩譲って、「リーダーを育成したい」という学校を多くの県民が望んでいたのだとしよう。

だが、この学校は男子全寮制の公立学校だ。宮崎の五ヶ瀬だって女子学生はいるのに、鹿児島県の県教委の想定する「リーダー育成」の中に女性の存在はないらしい。すなわち正確には「リーダーを育成する学校」ではなく、「リーダーの男性を育成する学校」というのが楠隼だ。

プログラムのハードさは女子学生を排除する理由にならない。ハードな日課で知られる防衛大ですら女子学生はいる。仮に男女間体力差があるのなら、それに応じたプログラムの変更を行えば良いだけの話で、むしろ今日の男女間の不平等を是正し、男女共同参画社会を実現するために「リーダーとなる女性を育成する学校」を作るぐらいのことをすれば良いのに。そのほうが評価はずっとあがるはず。

まったく逆の意味で、鹿児島県の女子学生はこのような価値観を持つ楠隼への進路が閉ざされていることは幸運であると思う。

そして、こんな価値観を言外に秘めた学校で学ぼうとする男子学生は不幸だと思う。仮にコスト・管理のために女子学生を排除したのだとしたらこの社会の半分を構成する女性のためにお金を出し惜しむぐらいの学校の教育などたかが知れている。もし同性の男性だけのほうが効果的な指導ができるのだと県教委が考えているのだとしたら、これは学生をトップ・リーダーにするためのカリキュラムが組まれた学校などではなく、トップ・ブリーダー(育成者=県教委のおえらさんがた)によって能率良く教えるための都合の良い学校なのだと思う。男子学生諸君、君たちはバカにされているのですよ。

理由はいろいろあるだろうが、女子学生を排除した「リーダー養成学校」で養成されるリーダーに社会的需要があるとはとうてい思えない。こうした女子学生を排除した「リーダー養成学校」がこの時代に役立つと思っているのだとしたら、相当におめでたい思想の学校だと思う。

3 鹿児島を強調した教育

そしてもっとも恥ずかしいことは、そんな世界を見通すリーダーの卵たちに提供されるのは、旧来然とした(というよりも極めて悪趣味であり懐古的な)鹿児島の教育である。

P.7「宇宙にいちばん近い県 鹿児島で学び、鹿児島に学ぶ」

楠隼はJAXAとの連携が話題になることが多く、それがウリとなっているが、それ以外ははっきりいってどうしようもないカリキュラムだ。

例えば県内各地を巡検するそうで、剣道や自顕流をさせるほか、さすがリーダー養成校だけあってやることが違う。エホバの学生とか入ってきたらどうするんだろう。朝補習ではp.15にあるとおり、漢文素読をするそうで、その題材は西郷南州翁遺訓(西郷隆盛の遺訓)、日新公いろは歌(島津忠良の遺訓)、論語・孟子なのだそうだ。僕はこれらの題材が「リーダーとなるための素養」として必要だとは思わないが、鹿児島にはこの手のものが好きな方がお年を召された方を中心にたくさんいるのは事実である。県民の多数決の意思で、こういったものを公立学校で教えるのが正しいと思うのならそれもやむをえまい。個人的には悪趣味としかいいようがないが。

そして、これらのカリキュラムを通してみて、楠隼が「世界に通用するリーダーの育成」ではなく、「政治的マジョリティである年配の方々が考える旧来然としたリーダーの育成」(<おお、だから男子学生のみの募集か!)のための学校だということに気付かされるだろう。そして政治的マジョリティである彼らが、今日の混迷した日本社会の責任の多くを担っていることを考えると、旧来然としたリーダーを生み出そうとするのは時代錯誤も甚だしいのではないかと思えてならない。

現在の「歪んだリーダー達」を再生産するだけの学校としては、楠隼は上手く機能するだろう。そしてそれは時代を率いるリーダーではなく、旧い時代に縛られたリーダーであり、現在のシステムの中でのみ生かされる人材であることも疑いない。

まとめ

「いい学校」が「いいリーダー」を必ずしも生み出すわけではないことは確かだ。そして逆も真なりで、ひどいカリキュラムの学校の卒業生からも「いいリーダー」が誕生する可能性はあるだろう。楠隼を希望する学生達の中には、家庭の事情で楠隼以外の選択肢がないものもいるだろうし。

ただ楠隼のリーダー養成のスタイルはこれまでの名門校のスタイルとまるで目指すところが違うことは意識しておいた方が良い。

ちなみに世界の超名門パブリックスクールとして名高い、オックスフォードのイートンカレッジの学長挨拶はこうだ。

By the time he leaves the school, we want each boy to have that true sense of self-worth which will enable him to stand up for himself and for a purpose greater than himself, and, in doing so, to be of value to society.

(後半部分のみ意訳)「学校を離れる(=卒業する)ときには、どの学生も自分自身についての正しい価値を持っていて欲しい。それは、自らを自らのために立ち上がらせることを可能とし、自分をより大きな目的へと導き、社会への存在価値を見いだすことができるといった価値である。」

きっと楠隼の目指すところに共感するご家庭もあるだろう。個人的には気持の悪い思想だが、「うちの子をリーダーにしたい」という親御さんたちの需要、「リーダーになりたい」というお子さん達をうまく取り込んで欲しい。

ただ、楠隼の需要は冒頭の記事

> 来年度開校する楠隼は定員60人に対し、志願者は12人にとどまった。

という文言に現れていると思う。

他にも、全寮制で働く教員の労働問題、付近の高校の存続問題、県外での入試の実施への批判、赤字の県財政にも関わらず出費がひどいことなど問題点は山積みの楠隼ですが、一教育者として研究者として、こんな妙なカリキュラムの学校が近隣にできることについて、一言申し上げておきます。

蟹索庵は楠隼を応援しています<もう遅いよ(爆)

追記
当初楠隼を「中高一貫型の中等教育学校」と記載しておりましたが、「併設型中高一貫教育校」であるという指摘をうけました。謹んで訂正させていただきます。ご指摘ありがとうございました。(2015/8/28)

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