村の教会

HNJに移動。早朝7時過ぎには自宅を出て、昨日購入できなかった医薬品と水を買い込んでHNJ村へ向かう。

学校の先生達途中、カレン族の村にあるカトリック教会に立ち寄る。「聖パウロ教会」と名付けられたその教会では、フランス人神父がずっとカレン語でミサをあげているとのこと。ただ、あいにくとこの日は不在で、神父になる勉強をしている、ピーター君と話し込む。彼はバンコク近辺のカレン族の出身で、神学部と大学院を終えて、司祭になるための勉強中。カレン族の現状などについてお互いに話をする。お昼時だったこともあり、食事までいただく。カレンの食事は、タイの食事よりも辛さがきつくなく、とても口に合う。今までたべたことのないぐらい美味しいゲーン(タイ風カレー)をいただく。食事だけでなく多くの恵みをもらう。

そののち、モン族の友人を尋ねて回りつつ、HNJ村に到着。以前から使用していた部屋が現在は小さな診療所となっていて、僕の寝床がなくなってしまっていた。車の中で宿泊を考え、準備をしていたところ、学校の教室の一部を借りれることになった。見に行くと、想像を絶するような状況。蟻の巣を壊し、蜘蛛の巣をはらい、なんとか寝泊まりできる状態にする。ここ3ヶ月はここがベースキャンプとなる。フィールドワーク先には必ず持って行く祭壇と、いくつかの写真を飾り、「HNJ蟹索庵」のできあがり。何はともあれ、すべてがうまくいったことに感謝。夕方になり、毎回この村に来るたびに感動する星の光は、やはり健在で、「手に届きそうな」という少々手あかのついた表現で申し訳ないのだけれど、ほかに言いようがない美しさにまたも驚嘆する。

学校の先生達・・・とこれだけで終われば、ある意味禁欲的な「カトリック信徒の日記」なのだが、そうは問屋がおろさなかった。HNJでの食事は質素にすましていたのだが、今日に限って全員集合していた先生方の「新学期飲み会」に喜んで強制的に参加させられる。はじめのうちこそ、山地民教育にかける情熱について、スタッフで議論し合っていたのだが、モン族のお酒と、メコンウィスキーがほどよくまわって大宴会に。先ほどのまじめな議論とはうってかわって下ネタの嵐嵐嵐。ほどほどに参加し、飲む方に集中していたところ、「この日本人は酒が大変強いぞ」と同席していた村人がこぼしたことから、(同席した人々は酒が強くない)がんがんと飲まされ、さらなる「下ネタ話」へつきあわされる。この話のオチは、この日飲んだモン族のお酒というのは実は強壮剤なのだ、ということを最後の最後に知らされたこと。モン族のリーダー格の人物の最後の台詞は、実にあっけらかんとしたもの。「さぁ家に帰ってやることをやろう」(これは意訳だが、実際はタイ語で「Krap Baan Set leew ko, Tam Dhii Dhii」と言った)・・・なるほど、あの下ネタ話はそこにつながってくる訳か、と一人で納得。でも嫌じゃない飲み会だった。(4/28)・明日からのフィールドワークに備えて、準備と終えなきゃいけない仕事をがんばって終える。まず、早朝から教会にいき礼拝を受け、某所でチェンマイの邦人活動についてインタビュー。それから、しばらくの滞在のため、食料品を買い込み、チェンマイを出発するHさんから冷蔵庫を譲ってもらう。・・・と、そのような目の回るような忙しい時間をすごし、夕方からはバーンサバイへ行きNGOのニュースレター発行について打ち合わせ。版下を作って、原稿の調整。その途中、少しだけ話を聞いていたAIDSを発病した女性が死去したというニュースが届く。赤ちゃんが一人取り残されたそうで、大変心が痛む。HIVは、家庭内感染、胎児感染などの複数の経路を持ち、けっしてHIV感染者の行動にばかり起因するものではない。そしてHIVにより働き手を失ってしまった親を亡くした子供達の経済状態が困窮してしまうことにも多くの問題がある。

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