朋あり遠方より来る、また楽しからずや

先週末にラオスからタイに戻ってきて数日間、台湾の大学で教員を務める友人がタイにやってきてくれて、毎日のように語り合った。大学院からの友人で連絡がつかなかった時期もあったのだが、数年前に再び連絡がとれるようになり、何度か僕の方が台湾での仕事ができたことがあって今では学生の頃のように気心の知れた友人として仲良くしている。昨年度、台湾の輔仁大学での講義をセッティングしてくれたのも彼である。大学をめぐる状況は世界的にも厳しい中、お互いに研究者・教育者として国を超えて活動できているのはとても嬉しい。

友人はのんびりとタイで過ごして台湾へと戻っていった。楽しい毎日はあっという間に過ぎる。長年懸念だったのだが、やっと妻と友人を会わすこともでき、どちらにも好印象だった。友人から見て、妻の印象は「僕にふさわしい」と感じたようで、また妻も「僕にふさわしい友人」であることに喜んでいた。間に入っている僕としても、それは大変嬉しいことである。

もっとも僕の方がラオスでビザ取得のため忙しいこともあってなかなか十分にアテンドできなかったことだけが残念でしょうがない。

そんな彼と11年目にして、これまでになくディープな話題をする。親しい友人の間であってもなかなか言えない心の澱のようなものがあった。というよりも、むしろそれがあまりにも僕の人生に大きな傷を残してしまっていたので、そのことを整理するのに多くの時間がかかってしまい、このタイミングまで話すことができなかった。もし、自分の中で上手く処理できないまま、軽い気持で話してしまったならば、きっと聡明な友人に一蹴されてしまったであろう。今回のバンコクで、ずっと心の重荷になっていたその問題ともようやく向き合うことができ、彼に話ができるようになった。

時はちゃんと物事を解決してくれると思う。

さて、ある程度、僕の方から話し終えたあと友人から「漱石の『こころ』の先生の話のようだ」といわれた。もちろんこれは決して褒め言葉ではない。

友人が台湾に戻った後、体調が不調なこともあって自宅のKindleで『こころ』を再読する。『こころ』では、登場人物「K」の死について罪悪感を引きずって生きていた「先生」が主人公の「わたし」に対して、

私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔にびせかけようとしているのです。私の鼓動こどうとまった時、あなたの胸に新しい命が宿る事ができるなら満足です。

と語り、そのエピソードを語り始める。僕もまた自分の血を彼に浴びせかけようとしたのだろう。

『こころ』の「先生」は、主人公である「わたし」宛ての手紙の末尾で次のように書く。

始めはあなたに会って話をする気でいたのですが、書いてみると、かえってその方が自分を判然はっきりえがき出す事ができたような心持がしてうれしいのです。私は酔興すいきょうに書くのではありません。私を生んだ私の過去は、人間の経験の一部分として、私よりほかに誰も語り得るものはないのですから、それをいつわりなく書き残して置く私の努力は、人間を知る上において、あなたにとっても、外の人にとっても、徒労ではなかろうと思います。渡辺華山わたなべかざん邯鄲かんたんというくために、死期を一週間繰り延べたという話をつい先達せんだって聞きました。ひとから見たら余計な事のようにも解釈できましょうが、当人にはまた当人相応の要求が心のうちにあるのだからやむをえないともいわれるでしょう。私の努力も単にあなたに対する約束を果たすためばかりではありません。なかば以上は自分自身の要求に動かされた結果なのです。

そしてこれまでの人生を振り返って気付く。これまで出会ってきたインフォーマントや友人、その彼ら/彼女らが浴びせかけようとした血、そしてそれは時に真実でありながらも脚色されて再編成された物語なのだが、それを踏まえて僕はどれだけそれらの物語から流れ出る血を浴びようとしたか。何よりも、インフォーマントの要求にどれだけ応えられたのか。反省ばかりである。

そして友人と語りながら「自分に起こった経験をあまりにも上手に喋りすぎている自分」にも気付く。人間は自分に生じた出来事を語る時、物語として再編成して現実の話から虚構の物語を作り上げてしまう。宮本常一の『土佐源氏』のように。

そういったことを気付かせてくれる友人との語らい。何気ない友人との語り合いの一言から得ることはとても多い。感謝。

冒頭の写真は友人と行ったタイのカフェ「STAR BACK CAFE」。こういう「アレ」ところを巡る旅ができるのも友人との関係性故なんだろうと思う。

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