日本の伝統的なお菓子「うまい棒」

タイにきて3日目の朝を迎える。この数日あったことなどを。

今回の旅行では宮崎−羽田と移動して成田に一泊。そんでもって成田−バンコク−チェンマイ、という移動手段を経て到着。別にけちっているわけではないのだが、今回は旅行のほとんどを機内食を含め無料のサービスで終えることが多く、また夕食も日本から持ってきたサプリメントと20円ほどのインスタント・ジョーク(すりつぶしたお米のおかゆ)で過ごす。

今や1年に1回しか来れなくなったチェンマイでは町がやはり少しづつ変わっていて、ターペー門の周辺も大きく様変わり。知人が経営していた旅行代理店もなくなっており、チェンマイに来たら必ず訪れるレストランもクローズされていた。僕の知っているチェンマイも少しづつかわっていくことを実感する。日本だって、都城だって一年一年変わっていく。たぶん日々の生活を送る場所では毎日少しづつかわっていく街の変化に気づきにくいけれども、一年ごとに定点観測をすることになるチェンマイでは、変化の対象が思い出の中で美化されていて、ゆるやかな変化をアタリマエと受け取ることができずに1年ぶりに見る変化を「すごく変わった」と思ってしまうの だろう。

1日目、北タイ関係の書籍を手に入れるためにチェンマイ大学とSuriwong Bookcenterに向かう。1年に一度しかこれないけれど、この間に発行された北タイ関連の多くの書籍をもっとも効率よく手に入れる方法である。
今回の論文関係で少し驚いたのが
Miao Yun (2009) Commecializing Hmong Used Clothing: The Transnational Trade in Hmong Textiles Across the Mekong Region, RCSD
というロンドン大学SOASの院生のリサーチペーパー。中国雲南省周辺のモン族の古着がチェンマイ市内で観光客向けにリメイクされ販売されているケースを追ったもの。僕自身は中国のモン(Miao、苗族と呼ぶのが中国では一般的)についてはこれまでったく触れていなかったのだが、参考になることが多かった。僕が追っかけていたのは観光客向けの古着とは別でタイのモン族が着用する新品の服のほう。テーマがかぶらなくて少しほっとする。そして、このテーマを追っているの は僕一人ではないことを知ってこれも少しほっとする。メジャーなトピックではないけれども、決して僕一人がおもしろいと思っているテーマではないのだ。が んばらなきゃ。

2日目は山地民の子弟に教育機会を提供しているNGO、BRJに顔をだす。タイのお母さんも相変わらず元気でほっとするものの、この1年の話題が多くありすぎて、それを聞いて僕自身が処理するのに少し時間がかってしまう。

知人の死や子どもの変化、そしてBRJがおかれている状況の変化など悲しい話題が 多く、まさに「絶句」で言葉が出ない。そしてそんな言葉のでないほどの状況におかれている子どもたちの周辺の自然は残酷なほどに美しい。とても濃い緑と空の青さと、タイ特有の熱い空気は僕をとても苦しくさせ、泣きたくなる。前々からタイのおかあさんに「センシュウは顔にすぐ出るから、いつもにこにこしていて」と言われていて、今回も努めてそのように振る舞う。だが涙腺は気を抜くとすぐに開いてしまいそうで、泣きそうになる度に子どもたちとアホな冗談を言いあい、泣きそうな気持ちを消そうとする。

お土産のお菓子を子どもたちにくばる。今回はなんと「うまい棒」。タイのお兄さんGさんのリクエストに応えたモノで、彼は日本のオタク文化に造詣の深い人物。どこでどう間違えて聞いたのかしらないが「うまい棒文化」というものに すごく興味がありリクエストに応えたお土産。

「この『うまい棒』は日本の伝統的なお菓子で、『竹輪』という伝統的な食材を模したもので、そのルーツは平安 時代にさかのぼり歌集『新古今和歌集』にうまい棒について書かれた歌が掲載されている」

などと、それっぽくウソをタイの子どもたちに広める。もちろん冗談だと後に 伝えてみんなで大笑いする。今回成田で知り合いの研究者と話をしたときに思い立ち、子どもたちのお土産用に「うまい棒」を200本ほど買って搭乗したのが非常に大好評。

本来ならそんなにたくさん僕の スーツケースにこんなかさばるお菓子を入れるスペースはないのだが、スターアライアンスのゴールドメンバー特典(手荷物20kgアップ)が有効に利用でき た。「来年以降もぜひ!」とリクエストされるが、成田で「うまい棒」と書かれた段ボールを素敵なグランドアテンダントに預けるのは少し覚悟がいる。

僕の周りの風景は、とてもきれいで、切なく、哀しい話題も多いのだけれど、そこにぽんとあるお菓子が「うまい棒」というところが、そんな様々な感情をよりリアルなものにさせ、「現実なのだ」と実感させる。

「お菓子ありがとう、センシュー」という言葉は本来は僕がBRJの子どもたちに言わなきゃいけないこと。研究の初心を忘れないように。もう一度再確認。

ここに来て本当に良かった。

3日目、これから山に入ります!帰ってきたら、また書きます。

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