宇宙飛行士と廃炉作業者

世界で一番危険な仕事の一つは、宇宙飛行士だと思う。しかし、宇宙飛行士を目指そうとする子ども達に、その子の能力は別として「宇宙飛行士は危険だから諦めなさい」と助言する保護者/教育者は圧倒的に少ないだろう。 「宇宙ステーションでやっていることは、あらかじめ各国のブースでやることが定まっている基礎実験が主で、宇宙飛行士のオリジナルな発想に基づく自由な実験というわけではない。日本の研究者が「宇宙で実験したい」内容をその代わりに実験している機械作業のようなものである。」 なんて、その仕事内容を説明されても、きっと宇宙飛行士を志す子ども達は減らない。
※もちろん、これは後に続く文章のための前振りで、僕自身は宇宙飛行士を尊敬していることはいうまでもない。

2011年3月12日。前日生じた日本の歴史において稀に見る大震災によって大きな被害を被った日本に、改めて衝撃が走った。福島第一原子力発電所(以下フクイチ)がメルトダウンしたのだった。フクイチの周辺は立ち入り禁止となり、それから5年が過ぎようとしている今も廃炉作業は進められているが、その状況は決して明るくない。私たちの国はあれだけ安全だといっていた原子力発電所について何一つコントロールできない状況が生まれている。
これから廃炉にかかる年月について、日本政府や東京電力は30年から40年という予測を出しているが、国連核監視機関(IAEA)はもっと長期にわたりかかるだろうという予測をだしている。最も絶望的な予測では100年を越えるものもある。
事故を起こした東電と日本政府の予測が(それを「無謀にも」と形容詞を付けてもいいのだが)甘めに見積もっているのはしょうがないにせよ、少ない試算30年であってもこのプロジェクトが我々の世代で完結する見込みはない。廃炉作業は世代を超えて、これから生まれてくる子ども達も巻き込むプロジェクトである。
また今回のような震災による事故によって廃炉するばかりでなく、今後耐用年数の切れた原発を廃炉にしていくことになると、さらに長期間にわたって、私たちは原発の廃炉作業を続けなければならない。
ではどうやってこの長い年月(場合によっては、原発の新規増設が未来に認められたとしたら永久的に)原発の廃炉作業に係わる人材を生み出せば良いのだろうか。この廃炉作業には原発に対して賛成/反対の立場を越えて、対応していかなければならないのだ。
もちろん、原発労働者、廃炉作業従事者は極めて重要な責任を持つやりがいのある仕事である。だがあなたのお子さんが「原発作業員になりたい」といったらどうするだろう。 「すばらしい。世の中に役立つ立派な仕事だ。存分にやりなさい。」 と言って笑顔で送り出してあげられるだろうか。
残念ながら原発作業員について世間の風当たりは冷たい。あなたのお子さんが廃炉作業に従事すると言った場合ほとんどのケースで、辞めるように助言し、諫めるのではないか。
そればかりでない、廃炉作業に係わる人についての誹謗中傷は後を絶たない。例えば今年2015年の夏に寝屋川市の中学生2人が殺害された事件で、容疑者の男性が、事件前後に福島第一原発事故の除染作業に従事していたことがテレビで大々的に取り上げられた。容疑者が逮捕されると、テレビメディアはすぐに容疑者が「福島第一原発の除染作業員だった」と報道し、容疑者が作業に従事していた福島県川俣町議会は、男が携わっていた同町山木屋地区の除染作業を当面中止するよう、環境省管轄の福島環境再生事務所に文書で申し入れている。あたかも廃炉作業従事者全てが、問題のある人々であるかのように。竜田一人『いちえふ福島第一原子力発電所労働記』などを読むとわかるが、福島で廃炉作業に係わる人々は私たちと何一つ変わらない一人の市民である。
結果的に「廃炉作業は恐ろしい作業で、これに係わる人々は○○である」という言説が産まれることは、福島の復興に、またフクイチの廃炉作業にマイナス面しか生み出さない。くり返すが原発推進/反対を越えて我々には、廃炉の技術を確立させることが求められている。
そうであるからこそ、廃炉作業に関する安全性を高める必要がある。安全な処理方法を考える必要がある。宇宙飛行士が数々の宇宙線から、防護スーツで守られているように、廃炉作業従事者も守られる必要がある。そういう研究をすすめなくちゃいけないし、そして、社会科学者には、この言われなき差別を受けている廃炉作業従事者の地位を向上させる必要がある。保育士や看護士をめぐる賃金問題や社会的ステータスの問題と同様に廃炉作業従事者の収入を安定させ、いわれなき職業差別を撤廃させる下地作りが必要となる。
先日、日本に一時帰国したのだが、その目的は福島で開催された「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」というプロジェクトへの参加のためであった。言わばフクイチを廃炉にするための人材育成のカリキュラムを立案することを目的とする会議である。
断っておくと、私自身は根っからの反原発派である。理系的な原発の安全性についての議論は横に置いておくにしても、少なくとも川内原子力発電所をめぐる政府と地域住民とのやりとりにはかなり問題があったと思っている。「合意」をめぐるアジェンダ設定には相当な歪みがあったと今でも考えている。そんな僕が廃炉に係わる人材育成に携わるわけで、これは原発を是認しているかのように誤解されかねないとも思う。だが、立場の違いはもう十分で、目の前にあるフクイチをどうやって廃炉にするのか、そこで働くことになる子ども達をどのように育成するのか、そういった現実的な課題があり、その課題に向かい合わなければならない。
我々が今立たされているのは、長期的な時間軸に立った戦略だ。賛成・反対はともかく、今から、次の世代にかけてどのようにして廃炉人材を育成するか、例えば廃炉作業と同じく危険な宇宙飛行士のような憧れの職業にまで高めることができるのか(高めるべきなのか、という問題も含む)今が正念場だと思う。
原発をそれでも稼働したいとおっしゃる方がいるなら、まずはご自分のお子さんを原発の廃炉作業に従事させる(もちろんご自身でもかまわない)ことから初めてはどうだろうか。とてもやりがいのある日本の将来を支える大切な仕事なのだから。いつか「廃炉作業者?ああ、あの日本を救う、めちゃくちゃカッコイイ仕事だね!」と言われるような職業になればと願わずにいられない。
追記:この論考に当たって、福島高等専門学校の芥川先生とのディスカッションから多くの示唆をうけました。感謝いたします。

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