あたらしい「ポラーノの広場」のこと(学位取得とか昇任とか)

この3月に学位を取り、4月で准教授に昇任した。

さほどめでたいという話題ではなく、この学校に籍があれば順調に進むポストであって、むしろ変に仕事が増えるんではないかとびくびくしているというのが本音である。何よりも優秀な後輩はすでに何人も准教授で就職しており、文系とは言え遅いくらいで、また加えて返す返すも自分の学位取得が遅れたことが正直なところ恥ずかしい。

昨今の研究業界をめぐる情勢の中では、常勤の職に就けるだけ幸運なことで、自分のような人間が常勤研究職に留まることができるのは本当に偶然だとしか思えない。またなんどもあきらめた研究職に形だけでも留まることができたのは、周囲の方々の励ましのおかげだと思うし、自分の力だけではないこともまたよくよく理解している。僕の人生は嬉しいことや楽しいことだけでなく、嫌なことの経験にも「恵まれている」と思う。今まで経験した「嫌なことの数々」は、こういう形で結実するために存在していた、と思えるぐらいには自分の人生を肯定的に見れるようになったが、今ある地位に満足してもいけないのだとも思う。それは「さらに昇任するぞ」ということではなく、自分の研究の進め方として。

宮沢賢治が書いた最晩年の童話に「ポラーノの広場」という作品がある(青空文庫 で読める)。宮沢賢治の農民への熱い思いと、現実にはそれらの思いが叶わなかった宮沢賢治の忸怩たる思いもまた詰まった切ない童話である。

タイトルにもなっている「ポラーノの広場」とは、理想郷のことで、劇中の若く貧しい労働者(青年達)は、この理想郷のポラーノの広場を探してまわり、やっとの思いで探し出す。だがそうして見つけたポラーノの広場は、政治家のパーティー会場となっており、青年達は失望し、青年達は自らの手で「あたらしいポラーノの広場」を作る。宮沢自身でもある主人公は、そういった青年達を優しく見守る。

今回の昇任について思い出したのはこの「ポラーノの広場」とM先生のことであった。彼は大学を准教授のまま退官された方で、教授への昇任をずっと拒否していた。業績も経歴も申し分ないにもかかわらずだ。その承認拒否の理由を他の先生経由で聞いたのだが、かつて大学が学生運動に関わった学生を学校の権限で強制退学にしてしまったそうで、そうした処分がご自分の学問のスタイルからすると是認できず、ご自身はそういった大学から認められて教授になりたくない、というのが承認拒否の理由とのことだった。

僕が知るM先生は、とてもお優しい方で、お亡くなりになるまで、鹿児島の市民運動の中心的な役割をはたし、言わば「あたらしいポラーノの広場」を作ろうとする人々を支援する立場にあった。

僕自身については、准教授までは、年齢的もありスムーズにあがってきたし、経歴的にも順当に進むべきポジションであった。おそらくこのまま順当に進んでいけば教授にもなれるのであろう。だがこのご時世では「名前だけ准教授」で、雑多な仕事が増える毎日が続くだけであり、学生と真摯に向かい合うことも、学問と真摯に向かい合うこともますます難しくなるように思う。

僕がなすべきことは「あたらしいポラーノの広場」を作る手伝いをすることであって、そのために、これから先は「昇任しない」という選択肢もまた今回の昇任で手に入れたのだとそう思う。極端に言えば職を辞す、ということも含め、その職階に留まることの意味もまた考えてみたいと思う。

さて、宮沢賢治の「ポラーノの広場」では最後に産業組合のリーダーとなった青年から、主人公に一通の詩が届く。

つめくさ灯ともす 夜のひろば
むかしのラルゴを うたひかはし
雲をもどよもし  夜風にわすれて
とりいれまぢかに 年ようれぬ

まさしきねがひに いさかふとも
銀河のかなたに  ともにわらひ
なべてのなやみを たきゞともしつゝ
はえある世界を  ともにつくらん

(林光先生の作曲版が次のURLで視聴できます)

宮沢賢治が描いた「はえある世界を ともにつくらん」ために、僕は研究を続けてきたつもりだが、自分の至らない部分に絶えず反省する日々である。自分がどちらの方向を向いて研究していこうとしているのか、この機会にもう一度考えてみたい。

関連記事

Latest Article

  1. 2018.05.20

    終の棲家
PAGE TOP