今更ながらヤン・リーピン「シャングリラ」観劇記

先日の上京はヤン・リーピンの「シャングリラ」を観るためだけの上京。「観劇だけのために飛行機チケットを購入」なんて、数年前の貧乏生活を思うと我ながらよい身分になったものだと思う。
都内には前日入りして少し奮発してSS席のチケットを購入。
さてこの「シャングリラ」なのだが、公式HPによれば

ヤン・リーピンは、滅び行く雲南省の26ある少数民族の伝統的な歌や舞踊を次世代に継承するためにも舞台化したいと考え、2000年から1年以上の時間を費やして、彼らが生活する村々を訪ね歩き、現地の歌舞を調査・収拾し、同時にそれらを演じる才能ある若者をスカウトしていった。
その結果、ありのままの(=原生態)少数民族の姿を舞台にのせるべく、舞台上で使用しているものは全て本物とした。例えば、衣装、これらも舞台上演の為に作られた衣装ではなく、全て現地で実際に昔から使われているものなのだ。ショーの中では、これらを身に付けて縦横無尽に駆け回る姿が見られるが、実際に手にすると物凄く重い。相当訓練しなければ、とてもこれらを着て歌ったり踊ったりは出来ないだろう。その他の楽器や小道具も、全てこのような調子で、楽屋は、さながら民族博物館の様である。
そして、出演者(約70名)ももちろん“本物”で、現地で歌い踊っていた若者たちだ。彼ら自身、少数民族の各部族に属しているが、自分たちの部族以外の歌舞も習得し、複数の演目に出演している。ヤン・リーピンは、プロの歌手やダンサーを訓練して演じさせても、彼らのようにはパフォーマンス出来ないという。
http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/10_liping/index.html

とのこと。こういった能書きは抜きにしても本当にすばらしい作品で、僕自身はモン族(中国名:苗族)の研究者ということもありわざわざやってきたところもあるのだが、そういったバックボーンがなくても十分に楽しめる舞台だったと思う。ヤン・リーピンも本当に美しく、写真集とDVDをついつい買ってしまったのはナイショの話(笑)。

さて中国の少数民族を題材にしたこの舞台は、さまざまな矛盾・妥協・苦悩の産物である。
登場する少数民族の多くの村々では伝統芸能の担い手が減りつつある。ヤン・リーピンはそれらの「失われつつある」伝統芸能を残すために舞台芸術としてアレンジしショービジネス化するという選択をするのだが、これがいかに「苦渋に満ちた」ものであったか想像するのは難くない。舞台にアレンジされた段階で演じ手が(今回の講演が例えばハニ族の伝統芸能をぺー族の出身者が歌ったように)その民族出身者とはならないし、固定ピッチのシンセサイザーによって編曲される中でそのスタイルは少しづつ形を変わらざるえないだろう。言い方が悪いかもしれないが、鹿児島の民謡の伝承者に日本国外の方がギターで演奏するようなそういう状態が生まれつつある。
断っておくと僕は単純に「外国籍の人間が日本の伝統舞踊を継承するなんてけしからん」と言っているわけではない。前述したようにヤン・リーピンにとってもこれは「苦渋の選択なのだ」ろうということである。中国少数民族の伝統芸能は例えば音楽の学術的な調査が行われた上でオリジナルが保存された上で舞台上でアレンジされているのではなく、オリジナルの採譜そのものがこの舞台のために行われている。今回の舞台によってアレンジのために「作られた」少数民族の伝統芸能は、今後それぞれの少数民族の「オリジナルな伝統文化」となる可能性がある。数十年後、「伝統文化」が五線譜に移されたピッチの整ったものになってしまったらそれは大変悲しい。
また加えて言えば今回の舞台では中国政府との政治的な妥協もあったように思う。例えばこの舞台では26少数民族のうちでもチベット族が象徴的に扱われている。だが独立を望むチベット族からすれば「私たちは中国の少数民族ではない」という主張とは相容れまい。中国政府はあくまでも「少数民族の一つ」と位置づけチベット族の独自性など認めようとしない。
経済発展が進む中国で、多少なりとも形が変わったとしても伝統芸能が残そうとすることには意味がある。舞台の中で最も印象深い形でチベット族を扱ったヤン・リーピン自身はひょっとしたらそうした中国政府への批判の意味を込めていたのかもしれない。
このすばらしい舞台がその実いくつかの微妙なバランスの上に成立していることは、決して忘れてはいけない。

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