一つの「生き方」としてのJAZZ

組合の会議と飲み会が終わり、そのあとにいやんにJAZZバーに連れていってもらう。

にいやんとは、本務校でしたしくさせて頂いている方で、赴任してから公私を問わずお世話になっている。単にJAZZ好きということに気遣って頂いただけでなく、にいやんもまたJAZZ好きというのも関係している。が、このところちょいと仕事でへこむところが多かった僕にハッパをかけるのが目的だったようだ。

ほんまにいつもいつもすいません。(T.T)

にいやんに紹介してもらったこの店のオーナーは、現役ばりばりのジャズドラマー。久しぶりにジャズ談義に華を咲かせ向井滋春のDVDというレアな一品をつまみに、バーボンを傾ける。

ブラバン系の人が多いこの町で、「吹奏楽をやってます」と店にやってくるお客さんは多いのだが、JAZZをやっているという人は少ないよね、とオーナーは笑う。

この県のジャズ屋さんは、どうもこの街が中心になっているようで、聞いた名前をたどっていくと、全てこのジャズバー関連の人々につながるらしい。

そして、出自は同一なのだけれど、離散し反目し二度と重なり合うことがない、というのもこの県のJAZZ屋さんにあることなのだと言われた。

「JAZZというのは音楽というよりも、すでに一つの生き方だ」
という名言をはいたトランペッターを知っている。彼は無名のJazz屋さんで、三田倶楽部で隣あっただけの人なのだが、彼のこの名言が他の人の言葉の借り物なのかどうかはわからないが、ロックにしろ、フォークにしろ、とある音楽のジャンルを選びそれに心血を注ぐというのは、その段階ですでに「一つの生き方」を選択しているのかもしれない。特にJAZZは、、、なんて書くつもりはないが、JAZZを通してどういう生き方を学び、これから送ろうとしているのかこれも考えてみようと思う。

追伸
三平太さん、誕生日おめでとうございます。イギリスから帰ったら、一緒にトロンボーンぶかぶか吹きましょうね!

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