カラモジアのひどさ

病院から無事に退院して、自宅でのんびり過ごす・・・とはとてもいかず、大学にてたまった事務作業と、締め切り直前の原稿を書く。その途中、5年に渡って酷使してきたプリンターが壊れ、すべての作業がストップ。悲鳴をあげるわけでもなく、SOS信号を発するわけでもなく、突然壊れてしまう。人間と同じで、多くのストレスをため込んでいたんだろうな、と思うと同時に、そのもとを取るほど、使い倒したので、もっと仕事の少ない持ち主でなかったことを反省。

夕方は、鹿児島のカラモジア少年交流のグループの一行が来タイ。事務局のM君とは高校の頃からの知り合いで、翻訳・雑用などの手伝いに行く。このカラモジア少年交流は、昨年度経営破綻した鹿児島のNGOカラモジアとMBC南日本放送の事業で長年続いてきたが、事情が事情だけに今年で最後になるかもしれない。

師匠H先生がよく、「鹿児島には石碑ばかりで現物が残らない」と言っていたのを思い出す。鹿児島は特に近代日本史の表舞台に頻繁に登場する土地であるのに、それを表すような遺物がほとんど残されておらず、「○○跡」という名前の石碑だけがたくさん町中に立っている。私学校しかり、鶴丸城しかり、西田橋しかり。僕はついつい口悪く、こういう文化を「跡を忍ぶ」後ろ向きの文化風土などと呼びたくもなる。そんな中、カラモジア少年交流は、ネーミングのセンスはともかくとして(<これが、僕にとって唯一のこの事業の不満なのだが(笑))、実際に青少年にアジアの(それもタイやビルマなどの発展途上国に)中に放り込む現実にふれさせようとする数少ない前向きの企画だったのに。

西鹿児島駅前に薩摩から旅立った若い旧薩摩藩士氏族の像があるが、あんなものを造ってしのんでいる暇があったら、もっと前向きに若者を海外に出してやるだけの資金にしてやりゃぁいいのに。残念だ。

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