よいお年を!

2010年が終わる。

今年は途中でTwitterにはまってしまったため、ブログの方をほとんど更新しなくなっていたため、かなり中途半端なブログになった。理由はいろいろあるのだが、1年近くTwitterを使ってみると、「つぶやく」というその語源の言葉通りTwitterというメディアがパソコンだけでなく、iPhoneからあまりに簡単に発言できるのでブログを書くモチベーションがかなり下がってしまったことが大きい。やはりツイッターはゆっくりと文章を考えるブログとは、書き方が全く異なるメディアなのだと思う。実際TwilogなどのTwitterのまとめサイトを登録してもいるのだが、時間の流れの中で出てくる「つぶやき」は、そのタイムライン(周囲の人々の発言)を抜きにしては成立せず、自分自身が読み返してみて「なんで俺はこんなことを書いたんだろう」と思う様な文章も多い。

中島らもが引いた稲垣足穂の表現をもじるが、Twitterは歴史性に対して垂直に立ち、ブログは歴史性に対して平行に立っていると思う。いうまでもなくそのとき考えた瞬間の一部分を140文字で書き出すことはできても、1週間前の自分の感情すら把握できなくなってしまうTwitterとは本質的にまるで立場がことなっている。

来年こそはブログにたくさん文章が書けるような生活を送りたいと思う。

さてこの数ヶ月、僕にとって第二のふるさとともいうべきチェンマイのNGOが資金難からつぶれそうな状況にあり、僕なりにお金の工面の話で駆け回っていた。

そのNGOでは山地民の子どもたちの学寮を運営しており、モン、アカ、カレンといった人々の生活改善プログラムを行っており、特に貧しい人々の子弟を預かり、近くの公立学校に通わせている。貧しい村で起こる数々の事件は最終的に子どもたちにその負の部分が押しつけられることが多い。このNGOを経由して初めて小学校を卒業する子どもも多い。僕はこのNGOにもう10年以上も関わっているのだが、僕自身がやりたい勉強をさせてもらえなかった時代が長かったことと関連していて、せめてこの子どもたちだけでも「勉強をすることができる」という幸せな時間を持っていてもらいたいと思うからだ。

Bahn Ruam Jai(心が集まる家)と名付けられたこのNGOがいつまでも続くようずっと願っていたし、このNGOの存続のためにささやかなら資金援助を行ってきた。だが今回の土地問題に関してはこれまでの援助方法で解決するような事態ではなかった。タイの最高裁判決による強制執行もありうるということに。タイではありがちなのだが(日本でも昭和初期までは民法の裁判例として多数会ったのだが)曖昧な形で書類上の所有者の処理を行っていたことが絡んでいる。NGOを運営初期のころのツケがまわる形になった。12月27日の最終通告までに土地の代金を払うことができなければ、NGOの土地を明け渡すというぎりぎりの状況になっており正式な額は書けないけれど、タイにしては相当に高額な値段だった。僕にこの話が回ってきたときには、12月のあたまでカンパを集めるには不可能な額のように思えた。急ぎボーナスから再度NGOに国際送金するが、焼け石に水のような状態。24日のクリスマスイブの段階でも不定期にタイから届くメールで知らされる不足分はかなりのもので、奇跡でも起こらないものかとずっと祈る。

結論からいうと奇跡はおこらなかった。でも、NGOは立ちのかなくてもよくなった。アメリカなどの海外の友人のドネーションがクリスマスの翌日にどっと振り込まれ、全額とまでは行かないけれども土地購入のための多くのお金を工面することができたこと。そして不足分についてはNGOのおっかさんが借金を重ねて、無理矢理お金を作れたとのこと。その額はタイの大卒者の生涯賃金と同じぐらいでそれをこれから60過ぎのNGOのおっかさんとその家族が返済することにしたのだそう。6社の銀行から借りたということで、その場しのぎの対策なのだろう。安堵はしたものの、それでも一時的な解決策にしかすぎない。NGOの活動がその公的な目的を果たすために、往々にして活動家の個人資産をあてにするというのはよくある話で、そういうことでしかNGOは動かなかったりする。そしてそうして身を粉にして働いているおっかさんが、家庭的に恵まれていないこともよく知っている。NGOの運営を全うするために、どれだけおっかさんが多くの幸せをあきらめたかもよく知っている。

今年ノーベル平和賞を受賞した劉暁波氏もそうだがNGOに生涯を捧げるというのはそういうことなのだ。

借金をかかえたおっかさんとNGOの子どもたちをどうサポートしていけばよいのだろう。僕の来年の宿題である。

悲しい話題は尽きることはない。それらの全てに向かい合わなくちゃいけないんだけれど、でも今は新しい年を迎えることができることをとりあえず感謝しよう。「とりあえず」でいいから。

いろいろあるけれど、みなさま「とりあえず」よいお年を。

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