『れもん』

就職の面接のため中央線で移動。一年ぶりに「久しぶり」の中央線は、「相変わらず」の中央線でもあり感慨深い。車窓から流れる風景は、あたりまえのことながら「変わらない」ままで、よく利用していた駅も、駅前の中華料理屋もおなじままだった。うん、この塩っ気の多い味もかわんないなぁ。

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面接の後、下北沢へ移動。ザ・スズナリで上演される「れもん」を観るため。この劇は榎本明と石田えりの二人芝居で、高村光太郎による『智恵子抄』を題材にしたもの。
自分にとって『智恵子抄』というのは大変思い出深い詩集である。高校一年の時に智恵子抄の世界にはまり、高校2年の夏に鹿児島の高校で『当然』とされていた補習(鹿児島の補習は強制参加のとんでもない評判の悪い授業)をさぼり、東京までヒッチハイクで出かけた際に初めて足を踏み入れた神田の古本街で龍星閣版の『智恵子抄』を手に入れた。

龍星閣版は高村光太郎自身が装丁に携わった唯一の版で、縦書きで旧字体の古い詩集が醸し出す独特の雰囲気の前に初めて本の装丁によってこうも感動が違うのかと実感した。( ちなみに前述の新潮文庫版は草野心平が監修をおこなっており、龍星閣版とは収録されている詩が異なる。新潮文庫版と、龍星閣版の2冊は持っていて損がない)。それから、『智恵子抄』には今考えるとあまりにも気恥ずかしい思い出がある。ラブレターに何度『智恵子抄』を引用しただろう・・・嗚呼、セツナク、アマヒ恋の思い出でございますなぁ。今思えば高校の時に初めて女の子とつきあったのは、彼女が新潮文庫版の『智恵子抄』を読んでいたことがきっかけだった。マセガキだったと思う。

そうした、『智恵子抄』の周りにある思い出もたくさんあるが、この詩集を通して、年齢を重ねながら智恵子が帰りたかった「空」のことを何度も思い出しながら空を眺めた。「狂った智恵子」、「人間であることをやめた智恵子」が欲した空に何度思いを馳せただろう。

そしてこの『智恵子抄』が、純粋な愛として描かれているのではなく、高村光太郎の狂っていく智恵子との対峙のための書であることを知ってから、(高村光太郎の戦争翼賛的な思想には相容れないけれど)ますますこの作品が好きになった。

そんな思い入れの深い『智恵子抄』が演劇化されるとのことで、久しぶりに下北沢の小劇場へと足を運ぶ。今日は大学院の忘年会もあったのだが、すでにチケットを押さえていたこともあり、忘年会を休ませて頂いた上での観劇だ。

今回の企画は石田えりが15年近く暖めていたそうで、高村光太郎役の榎本明も実に適役だ。日本文学アルバムの高村光太郎とそっくりで、まるで『ガラスの仮面』の月影先生を野際陽子が演じたぐらいそっくり度高し。久しぶりの小劇場のおしりが痛いシートに座り2時間近く観劇する。

それで、肝心の劇だが「れもん」では、光太郎と智恵子の関係がいわゆる「純愛もの」の『智恵子抄』と異なり、いい意味で期待を裏切ってくれる。考えてみれば日本の「純愛ブーム」の走りが『智恵子抄』で、「現実味のない純愛ブーム」に対する批判としてもうけとれる。「やっぱり変だよ純愛ブーム」というのを示しているようでおもしろい。その解釈は上演中の劇なのでここでの紹介はやめておくけれど、貧しい生活と隣り合わせの「純愛」なのだ。そして、職業「詩人」として光太郎が『智恵子抄』を書いたという指摘もおもしろい。

帰宅後『智恵子抄』を再読してみた。そして、日本文学アルバムで確認したところ、智恵子が療養していた場所が九十九里であることを知った。言われてみれば「風にのる智恵子」では

「狂つた智恵子は口をきかない/ただ尾長や千鳥と相図する/防風林の丘つづき/いちめんの末の花粉は黄いろく流れ/五月晴の風に九十九里の浜はけむる」

と九十九里の浜が舞台になっていた。狂った智恵子と知人がかぶる。

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