「戦後」を知らずに、僕らは育った

 

戦争が終わって60年。

テレビのアナウンサーが「戦後もこれで還暦を迎えます」と言い、言い得て妙だな、と思った。

♪戦争を知らずに僕らは育った

と歌った時代が過ぎて、僕らは「戦後」すらも知らずに育ってきた。この国でリアリティをもって戦争を語ることはとても難しい。

そんなことを感じた。

なんか、ぼかして書いてしまうしかないのだが、実は今日、パキスタンからやってきた留学生とインドからやってきた彼の友人と市内観光に行った。 ご存じの通り、現在パキスタンとインドの関係は非常に緊迫しており、一触即発の状態が続いている。

たまたまラジオをつけると戦没者慰霊式の話題が流れており、「なぜ日本は戦争をしたのか」という話になった。

なぜ、日本は戦争をしたのか。

それは確かに社会科の教師としてそれ相応の説明はできる。がしかし、「なぜ」「日本」は戦争をしたのか、 という問いに対する答えになっていないことは言うまでもない。

「日本」というものを一つの人格として(法人格として)扱えるのは法律学のみで、そこにいる「日本人(と呼ばれた人々)」はなぜ戦争を行ったのか、 という問いに答えるすべを僕は持たない。なぜ、この小さな地方都市で、パキスタンとインドの留学生がともに食事をしているのか、 ということに理由などないように。

パキスタンからやってきた留学生は、戒律を厳しく守る学生で、今日も移動のあいまにお祈りを捧げ、西の方を向いて祈っていた。

彼の声は決して澄み切ってもいないし、美しくもない。だが、アッラーアクバルを行うその姿はとても美しかった。

祈るということ、それだけしかできない人間の性を思いつつ、還暦を迎えた「戦後」を思う。

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